表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その歯は何色?

高校生の淳一くんは、付き合っている真菜実ちゃんから相談を受けました。

真菜実ちゃんは白い八重歯がかわいい女の子。

彼女のおうちで何やら事件が起こったそうです。

公式企画『春の推理2024』参加作品です。

拙作『チワワ系の女学生』の登場人物が出ますが、旧作を知らなくてもお楽しみいただけます。



 日曜日の昼過ぎのことだった。

男子高校生の須藤(すどう) 淳一(じゅんいち)は、最近付き合い始めた池和田(ちわだ) 真菜実(まなみ)の住むマンションにきていた。

スマートフォンに『先輩、お願いです。すぐにきてください』というメッセージが届いたのだ。


「先輩、急に呼び出してすみません。忙しかったですよね」


 真菜実は淳一を部屋に招きいれると、ぺこぺこと頭を下げた。

小柄な彼女は子犬のように見えて、淳一は心の中でチワワちゃんというアダ名で呼んでいた。

彼女は淳一の中学時代の後輩だった。今はそれぞれが別の高校に通っている。


 今は他の家族は不在で、真菜実だけのようだ。

彼女は指先を胸元でぎゅっと握りしめて、少し震えていた。


「いや、大丈夫だよ。マナちゃん。で、何かあったの?」


「あのですね……。えーと……」


 真菜実は少しうつむいて、ぼそぼそと話し始めた。

小さい声なので、淳一は耳を近づける。 


「うちのピアノがしゃべったんです!」


 急に大きい声になったので、淳一は少しびっくりして眼鏡がズレた。

そして、その言葉の内容に不思議そうな表情を浮かべる。

ピアノがしゃべるなんて、まるでファンタジーのような話だ。


「それで、お父さんもお母さんもいなくて怖くて……。先輩にメッセージを送っちゃいました」


 言いながら、真菜実は袖の端を両手でぎゅっとつかみ、小さく身を縮めた。

今にも泣き出しそうな顔だ。


「まぁ、頼りにしてくれて僕もうれしいよ。じゃあ、そのピアノを見せてもらおうかな」


 真菜実はコクリと小さくうなずき、ためらいがちに部屋のドアを開けた。

扉の向こうを見るその目は、何かを警戒するように揺れている。


 部屋の壁際に、アップライトピアノと呼ばれる縦長の黒いピアノが置かれている。


「これが、しゃべったピアノなんです」


「ふむ……。ようするに、このピアノの中から人の声が聞こえてきたってことだよね。マナちゃんはその時は何をしてたのかな」


 淳一は、まずは状況を把握しなければと思い、冷静な声でたずねた。


「……えーと……午前中、この部屋で本を読んでいたんです。そうすると急にピアノから音が聞こえてきてびっくりしたんですよ。最初はただの音楽だと思ってて、どこで鳴っているかわからなかったです。だんだん言葉が分かるようになってきて、なんとピアノがしゃべり出したんです!」


「それは確かに驚きだな」と淳一は思わず呟いた。


 どうやら真菜実は、このピアノがおばけになったように思っているようだ。


 挿絵(By みてみん)


 彼は真相を解明するためにピアノに近づいてみることにした。

淳一はピアノ用のイスにこしかけて、フタを開ける。鍵盤(けんばん)に白と黒の(けん)が歯のようにずらりと並んでいる。

ためしに白鍵のいくつかを叩いてみると普通に音がでている。ちなみに淳一はピアノは()けないので、それっぽく両手の指で押しているだけだが。

黒い鍵も押してみたが、異常はなさそうだ。


 真菜実は『ピアノがしゃべった』と言った。ここから人の声が聞こえたということだ。

以前に淳一が見たテレビ番組で、バイオリンやトランペットで人の声のような音を出すパフォーマンスがあった。しかしピアノで同じことをやるのは難しいだろう。


「マナちゃん。この壁の向こうは何があるの? あっちにはラジオとかないよね」


「お風呂場と脱衣所です。ラジオとか音が出る製品ももないです。あ、給湯器でお風呂が沸いたのが音声ででますけど、その声とも違っていました。ピアノからは外国語みたいな声がでていたんです」


「ふむ。壁の向こうじゃないのか。天井とか床から聞こえたってことはない?」


 淳一は、騒音トラブルのテレビ番組を見たことを思い出した。


 その番組では、マンションで天井からの騒音に悩まされた人が、上の階に抗議(こうぎ)に行った。

しかし、上の住民は『物音は立てていない』と主張。問題のあった日付を確認すると、上の住民が旅行で不在の時にも音が聞こえたのだ。

マンションの管理会社に連絡し、詳しく調べてもらった。すると、もっと下の階の音が配管を伝わって天井から聞こえていたらしい。


「方角は、こっちから聞こえてましたよ」


 真奈美は部屋の中央から、おそるおそるという感じでピアノを指さした。


 淳一は少し考えてみる。音の方向を錯覚することもあるだろうか。

人間の耳は左右の音の方向はハッキリわかる。しかし前後の音の区別は怪しいかも。


 その音が聞こえたとき、真奈美はちゃぶ台の横で本を読んでいた。

身体の右側をピアノに向けていたらしい。


 その時の真奈美の左側にあるのはベランダだ。ここはマンションの7階で、窓の外には空が広がっている。

外からの音が反射したか……いや、無理があるな。となると、ほんとうにピアノから音が出たのだろうか?


 もう一度、淳一はピアノの周りを調べる。ピアノの足に金具がついていて、ヘッドフォンがかけられている。



「マナちゃん。これって電子ピアノじゃないよね。このヘッドフォンは何に使うの?」


「ああ、それですか? あたしもよくわからないんですけど、電子ピアノみたいな機能がついてるんですって。夜は他の部屋から苦情がこないように、ヘッドフォンを使うんです。それか、ボリュームを絞ってスピーカーで音を出しています」


 ヘッドフォンのケーブルをたどると、ピアノの鍵盤の下側にある箱型の装置につながっている。

刻印された商品名をスマートフォンで調べると、消音ユニットというらしい。

別のケーブルがピアノの上に伸びていた。楽譜や教本の間にスピーカーが置かれており、ケーブルはそこにつながっている。


「ん? もしかして……」


 淳一はスマートフォンでスピーカーの型名を検索した。

メーカーのホームページでそのスピーカーの情報が見つかった。


「やっぱりそうだ。マナちゃん。このスピーカーってBluetooth(ブルートゥース)に対応しているんだ」


 真菜実は小首をかしげた。


「須藤先輩、ブルートゥースって何ですか?」


「無線で機械を操作するものだよ。たとえばパソコンでは、無線のマウスとかキーボードでも使っているみたい。このスピーカーは、パソコンやスマートフォンからケーブルなしで音が出せるんだ。ワイヤレスイアホンみたいなものかな。これが原因かもしれないね。近所で同じスピーカーを使っている人がいて、設定したときにこっちにつながったんだと思う。その音声がピアノから聞こえてきたんだよ」


「え? それじゃあ、隣の家のパソコンとかスマートフォンの音が、こっちで鳴っちゃうってことですか?」


「まぁ、使う時間帯がかぶっていると、混線するかもね」


 淳一はメーカーのサイトにあったスピーカーの説明書を読んだ。

そして実際にスピーカーの設定を確認してみた。


「やっぱり。Bluetoothの機能がONになっているよ。今その設定を切ったから、これで隣近所の音を拾うことはないよ」


 真菜実は納得の表情を見せ、肩の力も抜けたようだ。

ほっとしたような笑顔を見せた。かわいらしい白い八重歯がのぞく。


「ありがとうございます、須藤先輩。ピアノがしゃべるなんて怖かったけど、解決できてよかったです。何かお礼をしないとですね……」


「どういたしまして。それじゃあ、僕はマナちゃんのピアノが聞きたいな」


「え? わたし、簡単なものしか()けないですけど……」


 すこし恥ずかしそうにしながらも、さっきまでの怯えが嘘のように、真菜実はピアノの椅子に腰かけた。

明るい音色で柔らかい旋律が部屋の中を満たしていった。

挿絵(By みてみん)



公式企画『春の推理2024』の他作品や旧作へのリンクはこの下の方にあります。


挿絵(By みてみん)

謎の小学生の豆知識♪

「Bluetoothは短い距離で使う無線通信の規格だよ。十世紀ごろにデンマークとノルウェーを統合させた青歯王が名前の由来だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公式企画:春の推理2024
detective2024_eyecatch_pc.png




このお話と同じ登場人物がでる作品
チワワちゃんと先輩

アホリアSS作品集
新着順最近投稿されたものから順に表示されます。
総合評価順人気の高い順に表示されます。
青いネコとお姉さん・シリーズ中学生のお姉さんと小学生の少年のほのかな恋模様?
K&K:胡桃ちゃんと暦ちゃん・シリーズ人形劇のクラブに所属する小学生姉妹の活躍
ヒーローマニアの日常・シリーズ特撮ヒーローオタクの大学生ふたりのお話
百科涼蘭・シリーズアウトドア好きのお姉さんのお話です
タマゲッターハウス・シリーズ化け物屋敷をモチーフにした短編集。
小説家になろう全20ジャンル制覇?
魔法少女がピンチ!
 黒衣の玉子様が助けに来た
変身ヒーロー&魔法少女もののローファンタジー小説。 全14話
神具トゥギャザー
 ~ゴーレム君のダメ日誌~
転生前?の記憶を持つゴーレムが主人公のファンタジー小説。 全15話
割烹巻物:活動報告を盛り上げよう 活動報告で使えるいろいろな技を紹介しています。
庫添個展:アホリアSSのイラスト集 小説や活動報告で使える挿絵を公開しています。
  
― 新着の感想 ―
[一言]  題名から惹かれてしまいました。ピアノの鍵盤を歯にたとえている所にも、ついニヤリとしました。現代ならではの日常ミステリですね!   夫婦になった二人も見てみたいです(^^)
[良い点] 今風のトリックで、日常の体験から、たしかにそういうことあるよね!と共感できるようなトリックだったのがすごい良いと思いました! あとは最後の挿絵がとてもホッとしますね!
[良い点] とても面白かったです! 怪奇現象かとドキドキしましたが、そういうことでしたか。 実際にあるとは知りませんでした。こういう人、多そうですね。 イラストも可愛くて素敵です! 読ませていただきあ…
2024/04/08 14:13 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ