9 予行練習
「え、エマさん!?」
「香月?!」
勇太と俊介が同時に声を上げた。会場の向こうの扉から入ってきた女性の1人が、何とエマだったのだ。
エマは、純白のイブニングドレスに、同じく純白の肘上まである手袋という装いだ。
胸からウエストまではタイトで、スカート部分はふわりと広がっている。勇太は思わず見とれてしまう。
もう1人の女性は、エマより背は低いが、少し年上に見える。ショートカットの髪型。美人というより可愛い感じで、何となくネコを連想させるが、無表情で鋭い目つきだ。
こちらの女性は、落ち着いたグリーンのイブニングドレスに同じくグリーンの長い手袋をつけている。
エマが勇太達に気づいたようで、驚いた様子で声を上げた。
「日向君に……勇太君?!」
俊介の父親が笑いながら勇太に話しかける。
「ああ、そうか。星野君もエマさんと同じクラスだったね。今日はよろしく」
俊介の父親が俊介の方を向いた。
「俊介、驚かせてすまない。今日のお相手がエマさんということは、直前まで政府から口止めされていたんだよ」
「政府?」
俊介が訝しむ。
「まあ詳しい話は後だ。開場まで時間がない。さあ2人で練習しておいで」
† † †
オーケストラが美しく軽やかな3拍子の曲を演奏し始めた。俊介とエマが、数組のペアと一緒に輪になってウィンナ・ワルツの練習を始めた。
勇太は会場の端に立って練習を見守る。俊介とエマは、お互いに緊張した様子だ。
エマの舞踏会と俊介のダンスパーティーが同じものだったなんて。ということは、エマの許婚は、まさか……
「勇太君ね。私はエマ様の侍従武官のミーナよ」
エマと一緒にいた鋭い目つきの女性が、勇太の横に立って小声で話しかけてきた。
「は、はじめまして」
「病院で一度会ってるわ」
ミーナは無表情のまま答える。
「え?」
「ほら、黒服に黒いメガネをかけてたでしょ?」
そう言えば、病室で黒いスーツにサングラスをかけた男女を見たのを思い出した。
「あ、あのときの!」
「勇太君、先日はエマ様を助けてくれてありがとう」
ミーナが勇太の方を向き、勇太の両手を手に取ると、ブンブンと上下に振った。顔は相変わらず無表情のままだ。
「今日の警備は万全だから安心してね。半径3光マイクロ秒圏内の地球人の動きは、軌道上の艦隊が全てモニタリングしてるから」
「何か少しでも変な動きがあれば、瞬時に攻撃、排除できるわ」
そう言うと、ミーナは突然可愛らしい笑顔でウインクした。
「え、あ……」
戸惑う勇太を見て、また無表情になったミーナが首を傾げる。
「あら、軍のテキストだと、地球人はコミュニケーションの最後に笑顔で片目を閉じる仕草をすると書いてあったんだけど。違うのかしら」
「あ、間違いではないのですが、こういった真面目な話をする場合はちょっと……」
「そうなのね。ありがとう、勉強になったわ。ところで、勇太君は踊らないの?」
突然話が変わった。勇太は苦笑いしながら答える。
「ええ、残念ながら運動音痴で……踊れたら楽しいんでしょうけどね」
勇太はチラッとエマ達を見た。エマと俊介は、少し慣れてきたようで、時折笑顔で話しながら、振り付けの確認をしている。
「じゃあ練習しましょう」
「え?」
勇太が答える間もなく、ミーナは勇太の手を取って会場の中央へ歩き始めた。
勇太が慌ててミーナに言う。
「ちょ、ちょっと待ってください、ミーナさん。僕、踊れないんですって」
ミーナが立ち止まり、くるりと後ろを向いた。慌てて勇太も立ち止まる。
勇太の間近に、目つきは鋭いが可愛らしいミーナの顔が迫る。
ミーナが勇太の背中に手を回した。
突然のことに勇太が体をこわばらせる中、ミーナは勇太の背中に回した手を上にずらしていく。
ミーナは勇太のうなじに何かシールのようなものを貼った。
「それじゃあ、私と一緒に踊りましょう。地球にも『習うより慣れろ』って慣用句があるんでしょ?」
ミーナは、勇太の手を引っ張って会場中央に向かって再び歩きだした。