8 会場へ
家に帰った勇太は、家族にダンスパーティーの話を相談した。両親は、俊介にお礼の言葉を伝えるよう念押しをした上で、参加をOKしてくれた。
妹からは「運動音痴のお兄ちゃんがダンスパーティーなんて。ぷぷぷ」などと散々揶揄われた。踊らないって何度も言っているのに……
その晩、勇太は、自室のベッドに寝転がりながら、スマホでエマとメッセージのやり取りをした。お互いの今日1日の出来事から始まり、取り留めもない話をする。
途中で、明後日のダンスパーティーが話題になった。
エマは、帝国の宮中舞踏会等に何度か出たことがあるそうだ。地球のダンスは勉強中だが、政府関係者が出席する舞踏会で、許婚とウィンナ・ワルツというものを披露しないといけないらしい。
エマによると、これが許婚との初顔合わせになるそうだ。
エマの舞踏会は、偶然にも勇太が出席するダンスパーティーと同じ明後日の夜にあるらしい。エマは「せっかくなんだから勇太くんもダンスの練習をしてみたら?」と言っていた。
その後も2人は雑談を続けたが、いつの間にか12時を回っていたので、勇太はやりとりを切り上げることにした。
本当はもっとエマと話をしたかったが、これ以上は迷惑になるかもと心配になったのだ。
エマにお休みのメッセージを送信した勇太は、動画でウィンナ・ワルツを観てみた。
燕尾服の男性とイブニングドレスの女性が優雅に踊っていた。
「エマさんのドレス姿、きっと綺麗なんだろうなあ……」
勇太は独り言を呟くと、ベッドから起き上がり、動画を観ながら少しだけウィンナ・ワルツを踊ってみた。全然踊れなかった。
「……何してるんだろ、僕」
我に返った勇太は、一人苦笑し、ため息をついた。
† † †
2日後の夜、塾が終わり、勇太は俊介と一緒に塾を出た。2人とも、ラフなTシャツにジーンズ姿だ。
塾の前の通りには、黒塗りのハイヤーが1台停まっていて、運転手が後部座席のドアを開けて待っていた。俊介に気づき、恭しく頭を下げる。
「日向様でございますね。どうぞお乗りください」
「ありがとう、今日はよろしく」
慣れた様子で、俊介が後部座席に乗り込んだ。勇太はキョドキョドしながら俊介の後に続く。ハイヤーは、すべるように走り出した。
「ついて行くだけなのに、なんだか緊張してきちゃったよ」
勇太が言った。俊介が笑いながら応じる。
「俺も緊張してきたよ。例の女性と2人でダンスを披露することになっちゃって。親父も無茶言うぜ」
エマと同じ状況のようだ。俊介が緊張するなんて珍しい。
「まあ俊介なら大丈夫だよ」
「ありがとう。勇太がついてきてくれて心強いよ」
俊介が少し照れながらそう言うと、苦笑しながら話を続ける。
「親父曰く、俺がその女性と仲良くなれるか否かに今後の社運がかかってるんだってさ。詳しくは今晩教えてくれるみたいだけど、何だかなあ……」
「そうなんだ……」
勇太は何て言っていいか分からなかった。
そうこうしているうちに、ハイヤーは豪華な洋館に到着した。都内にこんな凄い建物があるなんて。
2人は控室に案内され、服を着替えることになった。用意されていたのは、何と燕尾服だった。白の蝶ネクタイに手袋等、一式が並べられている。何故か懐中時計まで置いてあった。
「……これって、どう着るの?」
「あ、そっか、勇太は初めてだったな。ちょっと待って」
勇太は、俊介に手伝ってもらって、何とか着替えを終えた。
勇太は、控室に置かれていた鏡を見た。燕尾服姿の自分が映る。自分で言うのも何だが、なかなかカッコいい。まあ俊介ほどではないが……
「それじゃ、会場へ行こうか。ダンスの予行練習があるんだってさ」
俊介が勇太に声をかけた。2人は会場へ向かった。
会場は長方形の大きなホールだった。白を基調に金の装飾が施され、そこに赤色のカーテンが映える。
正面の中二階にはオーケストラボックスがあり、楽団がチューニングをしていた。
テーブル席が左右の壁際に配置され、中央は空けられている。
天井を見上げると、今まで見たこともないような豪華なシャンデリアが3基並んでいた。
まさに豪華絢爛。勇太がその雰囲気に圧倒されていると、俊介が勇太に声をかけた。
「親父と例の女性のお出ましだ」
会場の奥の扉から、俊介の父親とドレスを着た2人の女性が入ってきた。
続きは明日投稿予定です。