5 帰路
「あ、もうこんな時間だ」
エマがスマホを見て言った。18時を過ぎていた。
「ほんとだ。いつの間に……それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
2人は会計を済ませると、カフェを出た。2人並んで駅へ向かって歩く。
映画館へ向かったときに比べて、2人の距離が少し近くなったような気がする。気のせいかもしれないが、勇太はそれが嬉しかった。
2人は、駅入口向かいの横断歩道に着いた。横断歩道前で青信号になるのを待つ。
勇太が左隣に立つエマに聞く。
「僕は電車で帰るけど、香月さんも電車?」
「私は迎えに来てもらう予定。駅前で待つわ。あ、あと、私のことは『エマ』って呼んで欲しいな」
エマが少し恥ずかしがりながら、笑顔で言った。勇太は耳まで真っ赤になる。
「あ、ありがとう。香月さ……じゃなかった、エマさん」
「ふふ、ありがとう勇太君。また今度遊べる?」
それを聞いた勇太は、人生で一番嬉しい瞬間のように感じた。喜びでいっぱいの笑顔で答えようとした。
その時、エマのいる逆側、勇太の右手側で叫び声が聞こえた。勇太が右に振り向く。
ワゴン車が猛スピードで歩道に乗り上げ、エマと勇太の方に向かって来るのが見えた。
「危ない!」
勇太は、考える前に体が動いた。エマを横断歩道逆側の安全な方向へ両手で押し出す。
その直後、大きな音がして、全身を激しい痛みが襲った。目の前が真っ暗になり、勇太は意識を失った。
† † †
「……勇太君、勇太君!」
エマの声が聞こえ、勇太は目を覚ました。頭がボーッとする。どうやらベッドの上のようだ。
勇太は頭を左側へ向ける。ベッド脇にエマが立っていた。目に涙を浮かべている。
勇太はゆっくりと上半身を起こした。辺りを見回す。どうやら病院の個室のようだ。
勇太がエマに尋ねる。
「……あ、エマさん。ここは?」
「勇太君……間に合って良かった!」
エマが勇太に抱きついた。勇太が無意識にエマの体に両手を回す。エマの体温が心地よい。
意識がはっきりとしてきた。勇太は、今の状況に頬を赤らめた。エマは、少し落ち着いたようでゆっくりと勇太から離れる。
「良かった。本当に良かった……」
エマは、泣きながら笑った。勇太も笑う。見たところ、エマに怪我はなかったようだ。
「助けてくれて、ありがとう!」
エマがハンカチで涙を拭きながら言った。
「エマさんが無事で良かった……」
勇太は呟いた。心の底からそう思った。それを聞いたエマが、また目に涙を浮かべ、ハンカチで拭った。
病室のドアが開き、黒いスーツにサングラスをかけた男女が入って来た。エマがそれに気づき、勇太に言う。
「ごめん、私、行かなくちゃ。あとでまた来るね」
そう言うと、エマは黒服の男女と一緒に病室を出て行った。
その後、医師や駆けつけた家族が病室にやってきた。父親は堪えていたが、母親と妹は泣いていた。
医師の説明によれば、奇跡的に軽い打撲程度で、今日は念のため入院して、明日には退院できるということだった。
安堵した家族が自宅へ帰った後、勇太がベッドで横になっていると、病室のドアがノックされた。
勇太が上半身を起こす。
ドアが開いた。エマだ。エマの後ろには、先程とは別のスーツ姿の女性が付いてくる。昨日の健康診断の際に名刺をくれた女性だ。確か、高山さんだったはずだ。
「星野君。エマさんを助けてくれてありがとう!」
高山はそう言って頭を下げると、ベッド左脇の丸椅子に座った。勇太から見てその右隣にエマが座る。
勇太が高山に話しかけた。
「確か、高山さんですよね。昨日はありがとうございました。エマさんとお知り合いだったんですね」
「ええ。まあ知り合いというより、大事な大事な賓客という感じだけどね」
高山はそう言って笑った。賓客? 勇太は首を傾げた。
高山が勇太に尋ねる。
「ここがどこだか分かる?」
「すみません。病院というくらいしか……」
「そうよね。ここは、昨日、星野君が来てくれた自衛隊の病院よ。ここなら保秘を徹底できるからね」
高山が言った。「ほひ」ってなんだろう。
高山が話を続ける。
「実はね、星野君を撥ねたワゴン車なんだけど、あれは単なる事故じゃない可能性が出てきたのよ」
「事故じゃないって……わざとってことですか?」
勇太が驚いて聞いた。高山が頷く。
「そうなの。あのワゴン車、盗難車でね。しかも、運転手は共犯と思われる者の車に乗り換えて逃走中。まだ見つかってないわ」
「エマさんを狙った犯行の可能性が出てきてるのよ」
高山の話を聞いて、勇太は息を呑んだ。




