15 公園
「いやあ、まさか麦茶がめんつゆだったとはなあ」
宇宙船内の大きな通路を歩きながら、俊介が笑って言った。エマが申し訳なさそうに謝る。
「ごめんなさい! めんつゆと麦茶を似た容器に入れていたので間違っちゃって……」
「ははは、エマさんもうっかりすることがあるんだね。僕はてっきりまた軍のテキストのせいかと思ったよ」
そう言って勇太が笑うと、ミーナが反論する。
「あら、軍のテキストは地球先遣隊の努力の結晶よ。そんなに間違いがあるはずないわ」
勇太が慌ててフォローする。
「う、うん。間違いはほとんどないと思う。ただ、異文明のことを一から調べ上げるのはとても難しいことだし、ちょっとした認識の齟齬があるかも」
「例えば、挨拶の語尾に『ニャ』を付けるのは、あまり一般的じゃないとか……」
ミーナが頬を赤らめた。
「……そういうことは、早めに指摘してね。あれ、恥ずかしかったんだから」
「俺個人としては、ミーナの『ニャ』をまた聞きたいけどな」
俊介がそう言うと、ミーナの顔が真っ赤になった。勇太とエマがお互いに顔を見合って笑った。
その後しばらく雑談しながら通路を進んでいると、右手に大きなドアが見えてきた。
「あれが公園よ」
エマに案内されて、一同はその大きなドアの前に進んだ。
ドアが左右に開く。その先は、広大な芝生に美しい庭園や小さな森のようなエリアが設けられた空間になっていた。
壁や天井はスクリーンになっているのか、どこまでも芝生と青空が続いているように見える。
「すげえ……」
「宇宙船内とは思えない……」
感動する俊介と勇太に、エマが嬉しそうに説明する。
「これは、帝都の有名な公園をイメージして作られているの。素敵でしょ?」
「うん、素晴らしいよ!」
勇太は辺りを見回しながら頷いた。
ミーナが自慢げに言う。
「ちなみに、この公園は、その名も『エマ公園』よ」
「ちょっと、ミーナ、恥ずかしいから言わないで」
エマがミーナに抗議したが、ミーナは悪戯っぽく笑った。
ミーナの自然な笑顔は、いつも無表情な分、その可愛らしさが際立つ。俊介は、ミーナの笑顔を見てドキッとしたようだった。
一同は、公園の中央へ進んだ。複数のグループが立ったまま何かを待っているようだ。
「ちょうどいい時間に着きましたね、エマ様」
「うん。もうすぐ始まるみたいね。さあ、みんな手を繋いで!」
エマとミーナ、俊介と勇太がそれぞれ向かい合う形で4人は輪になり手を繋いだ。他のグループも、仲間同士で手を繋いでいる。
少しすると、鐘の音が聞こえた。それを合図に、勇太達の体がふわりと浮かんだ。
「ええ?!」
驚く勇太に、エマが笑顔で言った。
「さあ、空中散歩の時間よ」
† † †
4人は、手を繋いだまま、うつ伏せで大の字のような格好でふわふわと浮かんだ。
「う、浮いた!」
「ど、どういう原理?」
俊介と勇太が驚く。エマが笑いながら答える。
「どういう原理かは知らないんだけど、こうやって一定のエリア内でふわふわと空中に浮かべるの」
ミーナが続けて話す。
「帝都では、空中ダンスっていう競技もあるのよ。こんな風にね」
そう言うと、ミーナは手を離し、皆から少し離れた。器用に姿勢を変えて、空中で踊り始める。フィギュアスケートのようにスピンしたり、人魚のように空中を泳いだり……振袖姿であんなに動けるなんて凄い。
「す、すげえ……よし、俺も!」
俊介がぎこちない動作でゆっくりと皆から離れて進んだ。最初は頭が下になってしまうなど苦労していたが、次第にコツをつかんだようで、ミーナを真似て空中でスピンを披露した。
俊介が、エマとミーナに尋ねる。
「どう? 俺、踊れてる?」
「日向君、踊れてるよ! 凄い!」
エマが驚いた様子で俊介に言った。ミーナが俊介に近づき声をかける。
「流石ね。それならこれはどう?」
そう言うと、ミーナが何やらアクロバティックな動きをした。
「そんなの、お茶の子さいさい!」
俊介がニヤリと笑うと、ミーナと同じ動きをした。
「やるわね」
ミーナもニヤリと笑う。俊介とミーナは、次々と空中で技巧的な技を繰り広げた。
一方、勇太は、エマの手を離せずにいた。少しでも気を抜くと、頭が下になったり、意図せず体が回転したりしてしまう。エマの前でこの姿。恥ずかしい……
「ご、ごめん……俊介みたいに動けなくて」
「ふふ、いいのよ。私たちはゆっくり散歩しましょ」
エマは、勇太と手を繋いだまま、ゆっくりと上昇して行った。




