12 夢と現実
会場中央では、多くのペアが思い思いに踊っていた。
勇太は、片手をエマの背中に回し、もう一方でエマの手を優しく握り、ゆっくりと踊り始めた。さっきのミーナの特訓のおかげで、何とかなりそうだ。
「ごめん、上手く踊れないかもしれないけど」
勇太は申し訳なさそうに言った。エマが笑顔で言う。
「大丈夫よ勇太君。という私もまだこの世界の踊り方には慣れてないから、あの2人のようには踊れないけどね」
勇太がエマの視線の先を見る。俊介とミーナが楽しそうに踊っていた。俊介の手を取って、ミーナがくるくる回っている。凄い。
「さすがにあれは無理だなあ。僕たちはのんびり踊ろうか」
2人は、しばし時を忘れて踊った。キラキラと輝くシャンデリア、オーケストラの美しい音色、そして、こんな近くに美しいドレス姿のエマがいて……まるで夢のようだ。
「エマさんとこうして一緒に踊れるなんて、思ってもみなかった」
「ふふ、私もよ」
勇太はエマを見つめた。エマも優しく見つめ返す。
叶わぬ恋と頭では分かっているものの、エマに対する想いはますます強くなってしまったような気がした。
ワルツは終わりに向かっていた。2人は名残惜しそうに、最後の最後まで踊り続けた。
† † †
「いやー、楽しかった! ミーナも踊りが上手いんだなあ。あんなターン初めてみたよ」
「俊介君もなかなかの腕前ね。私もこんなに全力で踊れたのは軍の幼年学校の卒業パーティー以来かも」
「え? 軍?」
「何でもないわ、気にしないで」
俊介とミーナが仲良く話しながら、勇太とエマのところへ歩いてきた。すっかり意気投合したようだ。
俊介が勇太とエマに声をかける。
「2人はどうだった? って聞くまでもないか」
俊介は、勇太とエマの笑顔を見て笑った。
勇太が笑って俊介に話しかけようとしたとき、俊介の父親がやってきた。
「俊介、ここにいたのか。ちょっといいかな? エマさんや星野君達も一緒に」
勇太達4人は、俊介の父親に連れられて、会場の外の別室に向かった。
「日向俊介君ね、初めまして。内閣官房の高山よ」
別室では高山と数人のスーツ姿の男女が待っていた。
高山は俊介に、エマが異星人で、帝国の皇女であること、帝国の皇帝から、エマの許婚として俊介が指名されたことを伝えた。
俊介は、初めは何かのドッキリだと思って笑っていたが、次第に真剣な顔になった。
「……まだ実感が湧かないと思うし、エマさんとはお友達からでいいんで仲良くしてくれないかな?」
高山が最後に笑顔で俊介に言った。俊介は何も言わない。
「これは日本の、いや人類の未来のためよ。お願い」
高山がなだめるように言った。俊介がエマの方を向いて尋ねる。
「香月は……エマはそれでいいのか?」
「う、うん……それが帝国や地球のためになるなら」
エマの答えを聞いた俊介は、高山に向かって笑顔で言う。
「いいぜ、帝国だか地球のためだか知らないけど、もともとエマのことは気になってたしな」
そう言うと、俊介はエマの方を向いた。エマの顔をまっすぐ見つめる。
「よろしく、エマ」
「こちらこそよろしく、日向君」
エマが微笑んだ。高山が満足した様子で2人に声をかける。
「色々大変だと思うけど、よろしくね。星野君とミーナさんが、よき相談相手になってくれるわ」
高山が勇太とミーナの方を向いた。勇太はとりあえず会釈した。
この後、高山は俊介の父親と、エマとミーナは帝国の高官とそれぞれ打ち合わせがあるということだったので、俊介と勇太は先に帰ることになった。
控室に入った俊介と勇太は、元のTシャツとジーンズに着替えた。
「夢の舞踏会から現実へ、か……全部夢だったら良かったのにな」
しばらく無言だった俊介がそう呟いた。
「俊介……」
勇太は心配そうに俊介の顔を見た。俊介が燕尾服を片付けながら言う。
「急に許婚ができて、それがクラスメイトで、しかも異星人の皇女様だとよ。なんだよそれ……」
「とはいえ、エマを困らせる訳にはいかないし、人類の未来がかかってるらしいからな。覚悟を決めて、帝国の皇子にでもなってやろうか」
俊介が明るく笑いながら勇太に言った。カラ元気のように見えて、それが余計に辛かった。




