1 告白
「好きです。付き合ってください!」
とある高校の体育館裏。3年生の星野勇太は、明日から夏休みという日に、一世一代の大勝負に出た。同じクラスの香月エマに告白したのだ。緊張した面持ちで、エマの返事を待つ。
エマは、すらっとした長身で、長い黒髪に透き通るような白い肌。優しい顔立ちだ。その吸い込まれるような美しい瞳で、じっと勇太を見つめている。
対する勇太は、勉強は中の上といったところだが、スポーツは苦手で引っ込み思案。背が低く、容姿も幼く見える。
そのため、女子からはマスコット扱いされることはあっても、異性として見られることはなかった。当然、彼女など出来たことがない。そもそも告白したこともなかったが。
そんな勇太だったが、先月に転入してきたエマに一目惚れしてしまった。エマを見るだけで胸が高鳴り、顔が紅潮する。こんなことは生まれて初めてだった。
「星野君……」
エマが戸惑った表情で呟いた。
ダメだったか……そりゃ、そうだよな。エマは転入して1か月ちょっと。しかも2人で話す機会はほとんどなかった。
勇太は泣きそうになるのを必死に堪えて無理に笑顔を作り、「話を聞いてくれてありがとう」と言おうとした矢先、エマが口を開いた。
「……もし良ければ、夏休みに一緒に遊びに行かない?」
「え?! い、いいの?」
勇太が驚いた顔で聞いた。エマが少し悩みながら答える。
「うん。ただ、星野君に迷惑をかけてしまうかもしれないけど……」
「ぜ、全然そんなことないよ!」
勇太は全力で否定した。一緒に遊びに行けるのに、迷惑なんてあるはずがない。
「……ありがとう」
エマは何故か一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔でそう言った。勇太とエマは、お互いに連絡先を交換した。
† † †
「勇太、今日は妙にご機嫌だな?」
帰宅後、勇太が1階のダイニングで夕飯を食べていると、テーブルの向かいに座る父親から聞かれた。知らない間にニヤけていたようだ。
「お兄ちゃん、もしかして彼女でも出来たんじゃないの?」
勇太の左隣に座る中2の妹が、ニタニタしながら勇太の脇腹を突いてきた。
「そ、そんな訳ないだろ!」
勇太が慌てて否定すると、勇太の斜め向かいに座る母親が同調する。
「そうよ、受験前の大事な夏休みなんだから、彼女どころじゃないわよね」
「そ、そうだよ……まあ、たまには息抜きで友達と遊びに行くことはあると思うけど」
それを聞いた母親がギロリと勇太を睨んだ。勇太は急いでご飯を食べ終わると「ご馳走様!」と言って2階の自室へ向かった。
自室に入った勇太は、参考書を開いて勉強を始めた。小さな頃から宇宙や星が好きだったので、天文学を学べる大学を志望しているが、今の成績だと、志望校は五分五分だ。
母親の言うとおり、受験前の大事な夏休み。しっかり勉強しなくては……そう思うのだが、いつの間にかエマのことを考えてしまう。
『もし良ければ、夏休みに一緒に遊びに行かない?』
エマの言葉を思い出す。勇太の顔がニヤけた。まだ彼女ではないし、そもそも友達になれたかも怪しいが、一緒に遊びに行ける可能性が出てきたのだ。そう思うだけで、胸がドキドキしてきた。
勇太は勉強を中断すると、スマホのアプリを開き、エマに連絡することにした。何て送ろう……
本当は一日も早く遊びに行く日を決めたいが、いきなりグイグイ進めてしまうと嫌われてしまうかもしれない。散々悩んだ後、勇太はメッセージを入力した。
『今日はありがとう』
震える手で送信する。しばらくすると、メッセージが既読になった。このままスルーされたらどうしよう。勇太が緊張していると、返事が来た。
『こちらこそありがとう。今度遊びに行くのを楽しみにしてるね』
「やったあ!」
勇太は思わず叫んでしまった。幸い家族はまだ1階のリビングにいたようで、叫び声は聞こえなかったようだ。
勇太は、スマホに表示されたエマのメッセージを何度も眺める。明日はどんなメッセージを送ろう。どこへ遊びに行こう……勉強が手につかない。こんなことは本当に初めてだった。