曇り空の土曜の二度寝
先輩が一緒に寝てくれるようになってから、足りない睡眠時間の補填が僅かばかり出来るようにはなったけれど、相変わらず、夜はあまり眠れていない後輩くんである。
後輩くんのお父さんはそんなに大きな人ではないのだが、もともと魚屋さんで声も大きいし、いびきも大変に大きい。耳栓をしていてもはっきり聴き取れるぐらいだし、一度など、目覚ましにしているスマートフォンのアラームの音がお父さんのいびきで掻き消されてしまって、危うく講義に遅刻しそうになったこともあった。
誰だってそうだろうけれど、寝不足で迎える朝はしんどい。
後輩くんはまだ二十歳で、少しぐらい睡眠時間が足りない朝でも身体がベッドから剥がれないという事態は避けられるけれど、それでも頭の後ろのほうがとても重たくて、ふくらはぎがだるくて。けれど、自分のお父さんのことであるから、決して「出て行け」なんて言葉を口にすることは出来ない。ただ、溜まる日ごろの鬱憤は、朝起きて、自分の父親の身体を跨いでやることぐらいでは少しも晴れないのだった。
成人した身の上で父親と狭い部屋で二人きりで過ごすことに強い抵抗感を覚える人もいるかもしれない。しかし、後輩くんはお父さんのことが好きだったので、それぐらいは我慢できる。プライバシー、プライベートなんてものは全くなくなってしまったけれど、後輩くんは実家暮らしのころから部屋にも引き出しにも鍵なんて掛けたことがなかったぐらいにおおらかだった。ああ、もちろんお風呂上がりにパンツ一丁で出て来ようものならば──それがお父さんであれお母さんであれ──苦言を呈するぐらいのことはしてきたけれど、それは後輩くんが不快だからというよりは、二十一世紀を生きるホモサピエンスとしてどうなのだというぐらいの理由であった。
手早くシャワーを浴びて、湯気がもくもくしている中で服を着てしまってから出ていくと、お父さんはようやく目を覚ましたところだった。
なんだかやつれて、萎み、だけど不健康にむくんでいる。お父さんはまだ五十代になったばっかりだ。なのに、頭には急に白髪が増えて、頭以上に顎の無精髭は白くないものを探すほうが難しいほどだ。不健康で、生気覇気といったものは全くなく、憂鬱の膜を自分の回りに張り巡らせている。
もし仮にお父さんが一言も発さず、一円も消費せず、ただ存在するだけだったならこんな気持ちにはならないだろう。……お父さんがここにいると、後輩くんの出費はほとんど倍近くになってしまうのだ。お父さんが転がり込んできてからアルバイトを増やしたけれど、大学をサボってまで働くわけにも行かない──二浪もして入ったのに、そんなことになってしまってはもう訳が判らない──し、一方でお父さんは後輩くんが非難の言葉を口にしようとすると敏感にそれを察知して、学費を出したのが自分であることや、後輩くんが自分の力だけで二十歳まで育ったわけではないことなどを、極めて婉曲な表現を用いて伝えることで、自身がここにいることの正当性を後輩くんに認めさせようとしてくる。
仮に後輩くんが口を極めてお父さんを非難してここから追い出そうとしたなら、結果的に傷つくのはお父さんではなく後輩くんの心である。
親子って、そういうものだ。
後輩くんはどう頑張っても、いまのお父さんの姿から「いいところ」を見付けてあげることが出来なかったけれど、喉元まで嫌なことばがわき出そうになるその度に、お客さんを呼び込む威勢のいい声だったり、たまの休みに疲れているだろうに後輩くんを街のデパートに連れていって屋上でソフトクリームを買ってくれたときに「ありがとう」とちゃんと言った後輩くんの頭を撫でる大きな掌の温もりだったりを思い出してしまう。
そもそもお父さんが悪いわけじゃない、僕が最初の受験のとき、お向かいの小火を見て慌てて飛び出していくような軽率な真似をしなければこんなことにはなっていないんだ……。
「仕事か」
お父さんが掠れて粘っこい声で言った。
「……今日は、仕事は休み」
土日は出来るだけシフトをがっつり入れてもらうように頼んでいたのだけど、この不景気な世の中で、働きたいのは後輩くんだけではない。どうしても調整が必要で、今週末は土日両日とも後輩くんは働かせてもらえないのだった。
けれど、部屋にはいたくない。お父さんと顔を会わせているだけでちょっと憂鬱になってしまいそうであるから、どこかへ散歩にでも行こうということは、昨日の夜から決めていた。
「大学、……ちょっと、調べごとしなきゃいけないから」
身支度を整えた後輩くんは財布の中身をあらためて、ちょっと考えた末に「……ごはん、これで何とかして」と千円札を一枚、部屋の片隅に追いやられるようになって久しいちゃぶ台の上に置いた。お父さんは「いつもすまないな」なんて言葉を、いかにももの足りなさそうな顔で口にして後輩くんに聴かせた。給料日前なので、後輩くんにとっては千円だって大金である。
仕事探してよ。
……という言葉がまた喉元まで込み上げてきた。こんどはより大きくて硬いものとして存在感を伴いながら。千円札一枚分は輪郭が膨らんだ感もがある。狭いシンクで水を呑んで、何のあてもなく飛び出した十一月の戸外は、もうずいぶんと寒い。雲は高いが陽射しは弱く、背中を丸めて歩く後輩くんのスニーカーの底は、とぼとぼ、とぼとぼと音を立てるのだった。
お金を使わず、時間を費やすことが出来る場所……、と考えると、後輩くんには大学しか思い浮かばなかった。面白そうな講義があったら、教室に忍び込んで受講してもいい。あるいは図書館で本を読むのもいいだろう。お腹が空いたら、学食に寄るのもいい。学食のカレーはコロッケを乗せても三百円だ。飲みものは、無料の給茶機がある……。
多少の情けなさを自覚しながら大学に向けて歩いていると、
「もし。後輩さん。後輩さんではありませんか」
と背後から声を掛けられた。後輩くんにそういう声の掛けかたをする人は、いまのところ一人しかいない。先輩がボディガードとして紹介してくれた「王子様部」において副部長を務める中寉さんである。
「あ、おはようございます」
中寉さんは相変わらず小さい。
後輩くんにしたって百六十五センチしかないのだが、さらにもう一段視線を緩めたところにいつもいる。サラサラの黒髪、いつでも涙袋の目尻側がほの赤い人、中学生ぐらいに見えるぐらいに小柄で童顔だけれど、二回目の四年生をしているところだそうなので、二浪のすえにはじめての大学一年生をやっている後輩くんよりも歳上である。
「中寉さん、土曜にコマ入れてたんですね」
四年生を二度やらなければいけないのはなぜかと考えれば推して知るべしである。拾い損ねの講義があって、土曜日にもキャンパスへ来なければ行けないのだろうと類推される。しかし後輩くんはそういうことは言わない。だって中寉さんをはじめとする「王子様部」の人たちはみんな、本当に先輩の依頼の通りに、キャンパスにいる間じゅう後輩くんの身辺警護に当たってくれている。
具体的には、「日輪山ハイキング倶楽部」の藤村や菊地、つまり後輩くんの悩みの根っこである宗教団体に所属する人々が後輩くんに寄り付くことのないよう、多くの時間、行動を共にし、周囲に目を光らせてくれているのだ。
現在王子様部には五名が所属している。その五名と後輩くんの時間割を見比べてみたところ、七割近くの講義が誰かと被るのであった。幾つかでは「日輪山」のメンバーとも重なるのであるが、「王子様」が目を光らせていることは大きな抑止力になっている。だから中寉さんたちは、大袈裟でなく後輩くんの恩人なのだ。
「いいえ、講義があるのではないのです。後輩さんも土曜日は講義を入れていらっしゃらなかったはずでは?」
後輩くんはお父さんのことを、まだ中寉さんには伝えていない。
「家にいてもつまらないので、本でも読みに行こうかなと思ったんです」
自分の言葉で自分を騙して、にっこり微笑んで見せる。中寉さんは騙されてくれるだろうか? 表情に乏しくて、考えが覗きにくい人だ。
「僕は、サークル棟へ眠りに行くところなのです」
「眠りに?」
「いま、仕事上がりなのです」
中寉さんは夜のお仕事をなさっているのだと知って、驚いた。
学生をしながら夜も働くって相当なことである、二回目の四年生であるのも無理からぬことかもしれない。
「僕は宿木橋にある飲食店でごはんやお酒を作っています」
上京してきて半年あまり、まだまだ詳しくない後輩くんだが、宿木橋という地名は聴いたことがあった。都心のターミナルである冨緑近くの歓楽街……、という認識でそう大きくは違っていないはずだが、後輩くんが足を運んだことはまだなかった。
「料理は僕の数少ない特技ですので。週に三日はそこで働いています。大体次の日はたっぷり寝ることにしているのですが、今日は午後から学祭に向けてのミーティングがあるのです。家のお布団に寝っ転がってしまったら夜まで寝てしまいますから」
あまり家庭的な雰囲気はなくて、失礼ながら冷たくて無機質な印象もある中寉さんだから、料理上手というのはちょっと意外だった。
それにしても、……学祭に向けてのミーティングと中寉さんは言ったが、王子様たちが学祭で何をやるのか、後輩くんには全く想像が付かなかった。仮に今も「日輪山倶楽部」に所属していたとすればその場合、何をさせられていたのだろう……?
「王子様部は学祭で伝統のお茶会を行います」
「お茶会……?」
「中庭の芝生にテーブルとパラソルを並べ、上質なダージリンを、手作りのビスケットや宝華亭のモンブランなどで楽しむ会です。僕たちは王子としておもてなしをし、つかのま幻想的な時間を過ごしていただくための場です」
「コンカフェ的なものでしょうか……?」
「そう申し上げてよろしいかと。普段は世を忍ぶ学生の姿をしている僕らですが、その日ばかりは盛装して、メイドたちとともに姫君たちをお出迎えするのです。ああ、姫君と言いましても……」
女性であるとは限らない。先日の原口ヒナコさんも女性でありながら王子様をやっていたし、そうした女性の王子様を目当てに訪れる「姫君」が女性である必要もない。
もっと言ってしまえば、メイドさんだって男性女性の差はない。
立場に相応しい振る舞いを堂々と出来ればいいのだそうで、そのために彼らは日々、世の人々のためにボランティアをしている。具体的には夜の猪熊駅のペデストリアンデッキで酔っ払って前後不覚に陥っている人がいないか、あるいは怪しげな者に持ち帰られそうになっている人がいないか、見回りを行っているのだ。
常に民の平和に気を配り、また振る舞いはあくまでエレガントに……。その姿勢はサークル活動の枠を超え、普段の生活態度、特に就職活動において有利に働くそうだ、だから王子様部は特異なサークルではあるものの、毎年何名かの新入部員を得て、安定した活動を行うことが出来ている……、らしい。
人は在りたいように在ればよく、なりたいようになればよい。全面的にそれを叶えることは難しくとも、大学生でいる間ぐらいは理想を追ってもいいではないか……、というのが九年前に王子様部を創設した人の言であるそうだ。
八年間大学生をやったすえ、とうとう今年の春に卒業したその人に敬意を表して、今年一年は「王子様部部長」の座は空位と定められ、第二位の席に在るである中寉さんが部を取りまとめねばならないとのこと。
「ですので、ミーティングであくびなんてしてはいけません、午前中はしっかり寝ようと思っているのです」
キャンパスが見えてきた。土曜は校門の形もなんだか丸みを帯びている。ちょうど鳴り始めた一限のチャイムが、柔らかく曇り空の下に響いた。
「ところで、後輩さんはこのところお休みになれているのですか。後輩さんは寝不足で悩んでおられると、先輩からうかがいましたが」
先輩にはあれからも、「レイクサイドヴィラ」に連れて行ってもらっている。眠っている時間なんてせいぜい三時間ちょっとだろうと思うのだが、不思議なもので、ああして安らかな眠りを得た日からしばらくは、ずいぶんと体調が戻るのだ。しかし、いつも滞在費は先輩が「私も来たくて来ているのだ」と言って全額出してくれてしまうので、後輩くんから「連れていってください」などと言えるはずもない。
「眠る場所にお困りでしたら、どうぞ、いつでもサークル棟にいらしていただいて、仮眠場所に使っていただいてよろしいのですよ。僕を含めて王子様部の人間が紳士であることにかけては、性別問わず信頼していただいても宜しいと思いますので」
それは、まあそうだろうな……、と後輩くんは思う。仮に中寉さんが不埒なことを思い付いたとして、先輩以上に容易く体勢をひっくり返すことが出来てしまうだろう。
眠いことは、まあ事実である。眠れるのなら眠りたいなと思ってはいたけれど、家を出ることを優先して大学に来たのである。あいにくの曇り空、ずいぶん寒い、となれば屋上の喫煙所も無理だし、先輩は土曜日は大学に来ない。無防備な上京で日輪山の連中と鉢合わせて揉めごとになるのも避けたい。
中寉さんは後輩くんの言葉を待つ間、大きなあくびをした。それを見た後輩くんも反射的に、それはそれは大きなあくびを止めることが出来なくなってしまった。
「……じゃあ、お邪魔してもいいですか……?」
「ええ、歓迎いたします。天地神明に誓って姫には指一本触れません」
中寉さんは胸に手を当てて宣誓した。人生で「姫」と呼ばれる日が来るとは思っていなかったが、王子たちにとってはあらゆる相手が姫となるのだと頭に置いておけば違和感もない。初めて入るサークル棟「王子様部」室は、かつて世話になった「日輪山」のそれと同じ間取り、しかし長机にはテーブルクロスが敷かれ、造花が飾られ、古いプレハブながら空気もどこかしら清浄であるかに思われた。きっと古ぼけたビニール革のものだろうと思っていたソファは、意外にもきちんとした布張りで大変ゆったりしており、中寉さんと左右の端に分かれて腰を下ろすと、なんとも丁度よく後輩くんの腰から背中、肩にかけてを包んでくれる。中寉さんが「おやすみなさい」と言ってくれたのに、きちんと返事をしたかどうかも覚束なかった。
後輩くんと中寉さんは、王子様部の学祭準備ミーティングの開始予定時刻である午後一時ぎりぎりまで眠ってしまって、他の王子様たちに起こされることとなった。中寉さんは誓った通り後輩くんに指一本触れることはなく、というか、どういう寝相だったのか判然としないのだが他の王子様たちが入って来たとき、中寉さんは床で寝ていた。転げ落ちてまだ起きないのだから、相当に深く、また良質な眠りであったということだろう。一方で後輩くんもふかふかのソファのおかげで夜の不足分を補填することに成功したのであるが、三人の王子様たちと一緒に先輩がいることに気が付いてびっくりした。
先輩はやっぱりいつ見ても可愛い。
いや、そうではなくて、先輩は王子様部のメンバーではない。ただ、去年の学祭においては中寉さんに請われて手伝いをしたそうである。先輩はだから、王子様として「ファルヴィニッヒ」という名前を持っていて、またメイドさんとして「デルフィネス」という名前を持っている。……仮に二つの名前のうちどちらかしか持っていなかったとして、それが先輩の性別のヒントになるとは限らないことは、既に明らかである。
「……おは、おはようございます」
先輩は無表情に、「うん」と言って、王子様たちに腕を引っ張られて抱え起こされている中寉さんをじっと見た。
その目は、びっくりするほど無表情であった。
先輩という人は、表情を素直に出す人であることを後輩くんはもう学んでいる。ということは、無表情であるという時点で何らかの意味があると解釈するのがきっと自然である。先輩はなんだか冷ややかな目をして、
「ほーらー……、っもー重ッたいなぁ……、自分で立てぇ……!」
王子様部でこれまで見たことのない、栗色の髪の長い青年に抱き支えられている中寉さんを見ていた。寝起きの中寉さんはくらげみたいにぐにゃぐにゃして、その青年に迷惑を掛けているくせに、
「重たいとはなんですか失礼な」
声だけは普段通りに冷静そのものである。
「やかましいやい自分で立てっつってんの!」
その青年がぽいと両手を離したところで、一緒にいたもう一人、こちらは何度か顔を合わせたことがある王子様に支えられた。茶髪をワックスで整頓した上で踊らせて、大変洗練された風貌ながら王子様をやっている本橋さんという人で、後輩くんはマスメディア論と中国語の週二コマをこの本橋さんと一緒に受けている。彼の支える中寉さんにでこぴんをして、
「副代表、ちょっと、もういい加減自分でお立ちなさいな」
と叱るのは、本橋さんのパートナーである吉野さん、……原口ヒナコさん=スタンドリッジ王子同様、女性だけど王子をしている人である。
「みなさん僕の扱いが大雑把すぎませんか」
両手でおでこを押さえて、中寉さんはまるでこどもみたいに唇を尖らせる。中寉さんは二十三歳である。しかし上の二人よりも、いま(一回目の)四年生である本橋さんと、二年生の吉野さんのほうがずっと大人びて見えてしまう。後輩くんもいまだ慣れないが、そんなことを気にしているのはどうも、後輩くんだけのようである。ようやく目を開けた中寉さんが、
「僕ちっとも重たくありませんからね」
と暴言を食らわせた長髪青年に向けて言った。彼は後輩くんへ、にっこりと微笑んで「はじめまして」と挨拶する。
「了の職場の同僚で、学外部員のマキタコウセイです。あれだよね、『後輩くん』ってあなたのことだよね」
先輩がどういう事前情報を伝えていたのか判然としないが、青年マキタ氏は先輩にそう問う。先輩はスマートフォンをいじりながら「ん」とだけ答えた。
「種を蒔く田んぼ蒔田、下の名前は『皐月に覚醒』で皐醒。よろしくね後輩くん」
青年・蒔田皐醒氏、「美青年」であると特に言わなければいけないかもしれない。少女漫画の世界から飛び出してきたみたいな爽やかな顔立ちと声。とりわけ後輩くんは彼の指が美しいと思った。特になにか装飾をしているというわけでもないのだけど、意識が爪の先まで行き届いている感がある。男らしく洗練されている本橋さん、そのパートナーの吉野さんもキリッとした言葉遣いながら顔立ちには甘い柔らかさがあって可愛らしい、特異な幼さを持っている中寉さん(たぶん、「大学生」と言っても半分ぐらいの人には信じてもらえまい)や、今日ここにはいないメンバーを含めて、王子様たちはみんなちょっと、すごい。
それでも、後輩くんにとっては比較対象が増えるだけである。
口に出して言えることでは決してないけれど、「先輩っていいなぁ……」という結論は決して揺らがない。
男性なのか女性なのか、本当に成人しているのか、あらゆる属性というものから独立しているかに思われる先輩に、後輩くんは深く深く惹かれる。それは決して「判らないから」が理由ではないはずだ。
その先輩が、つまらなそうな顔をしてスマートフォンを弄っている。他の四人の王子様たちは気付いていないけれど、ちょっと不機嫌なのだろう。何故? 判らないといえば、先輩が土曜日なのに大学にいることも判らないし、王子様部のミーティングにいるのも判らない。
「……ミーティングをするのではなかったのかな」
初対面でその声を聴かされていたら、とてもじゃないけどいまのように先輩を慕うことは出来ていなかっただろうなと後輩くんは想像した。それぐらいに冷たくて硬くて怖い声が、先輩の唇から放たれた。