9 誰が犯人?
三日後、クラスト公爵一家は王宮に呼び出された。
まだ油断はできない、と、家族は馬車の中で一言も話すことはなかったが、お互いの目を見て、頷き合い、家族の絆を再確認した。
案内されたのは、王族の居住区にある面会室だった。
「クラスト公爵、夫人、令息も令嬢も、座ってくれ」
部屋にいたギルギット公爵が声をかけてくれた。
どうやら彼が主導していくようだ。
「さて、ここではどの発言も不敬罪を問わない。
今までの出来事をそれぞれ話してくれないだろうか」
そう言われ、家族を代表して、クラスト公爵が話し始めた。
王族の皆様は、誰も言葉を発することもなく、黙って聞いていた。
父である公爵が話し終えると、ギルギット公爵が、エリザベートに対して、何か話すことはないか、と聞いてきた。
母が手を握ってくれていた。
兄はすっと立ち上がると、エリザベートの側に来て、背中に手を当ててくれていた。
「私は、婚約者に決まってから、何一つ自由がありませんでした。
決められた人以外と話すことはできず、その内容も、いつも同じ。
殿下とのお茶会の時も、事前に話すべき内容が届けられ、それ以外の事を話すことはできませんでした。本当はもっといろんなことを話し合いたかったです。
学院でも、身分差など関係なく、友人を作ってみたかった。
お兄様と遠乗りをしたり、好きな本を読んだりしたかったです。
何より、私のせいで家族が長い時間、自由に過ごせなかったことが悲しいのです」
気が付くと、母が涙をぬぐってくれていた。
どうやら泣いていたようだ。
兄は、手を頭に乗せて、ポンポンと撫でてくれていた。
父は、両手のこぶしを握り締めて、じっと王家の皆様をにらんでいる、
沈黙が続いた。
「陛下、王妃殿下、ブライド殿下、我が公爵家は、見張らねばならぬほどに信頼されていなかったのでしょうか?そんな事をするくらいなら、婚約を解消して頂けばよかったのでは?」
父が、絞り出すように話した。
「どうなのだ?」
「申し訳ない、そんな事になっているとは全く知らなかった」
ギルギット公爵の問いに、陛下が返事を返す。
「ブライドはどうなんだ?お前なのか?」
「ち、違います!私もまったく気が付きませんでした」
「お茶会で話していても?」
「その、いつも、同じような話題しか話さない、とは思っていましたが・・・」
「自分の選んだ婚約者であろうが!」
ブライド殿下は下を向いてしまった。
「で?エレナ、お前なのか?」
「・・・・」
「黙っていてはわからん」
「・・・・なの・・・じゃない」
「何を言っておるかわからん」
エレナ王妃は下を向いてブツブツつぶやいていたのだが、ギルギット公爵に叱られ、顔を上げてこちらをにらみながら話し始めた。
「私は王妃なのよ!私の言うことを聞くのは当たり前じゃない。私には、王子の婚約者をしっかり躾ける義務があるの!!
でも、エリザベートは最初に会ったときに私に反抗的な態度をとるし、いつまで経っても私の言うことを聞かないし、すべてをコントロールしなきゃ、今後ブライドの為にならないじゃない!それの何が悪いっていうの?
王家に嫁ぐのだから、ブライドの為に、私の理想にしようと思って、良かれと思ってやった事よ。
それに、自宅で家族と何を話しているかちゃんと知っておかないと。
たかが公爵家じゃない。王族として知るのは当たり前でしょ?」
「何をいうかと思えば・・・、そなた、自分に都合の良い人形でも作るつもりだったのか?
王族だからと言って、貴族の家庭を見張り、すべてを思い通りにしようとは、何たる傲慢」
ギルギット公爵が王妃を威圧する。
「ジョージ、お前も自分の妻のやっていることを全く知らずに、公爵家を苦しませるとは・・・。
一家の主としても、国王としてもあるまじき失態ぞ。
ブライドもだ、婚約者とはいえ、エリザベート嬢を一人の人間として向き合っておらぬとは、お前の教育はどうなっておるのだ。
わしは恥ずかしい、クラスト公爵家に対して申し訳なさ過ぎて言葉もないわ」
ギルギット公爵が眉間にしわを寄せ、3人をにらみつけている。
宰相も同じように眉間にしわを寄せている。
「クラスト公爵、今後どうしたい?」
「今すぐにでも、我が家にいる見張りを引き上げていただきたい」
「うむ、当然の要求だな。宰相頼めるか?」
「かしこまりました」
「エリザベート嬢、そなたは今後、ブライドとの婚約についてはどうしたい?」
「そんな・・・」
「黙れ、ブライド、お前に決定する権利などないわ」
(ブライド殿下はいつもお茶会でつまらなそうにしていたし、学院でも私に話しかけることもなかったわね。別に私も王子妃になりたいわけじゃないし、このまま白紙にしてもらえないかな)
エリザベートはそう思っていた。
「私は、このまま婚約を解消か、白紙にしても良いかと思っております」
エリザベートの言葉に、ブライドは悲しげな顔でこちらを見つめてくる。
(いままで何も気が付かなかったくせに、なんでそんな顔するかなぁ)
エリザベートの希望は一応受け入れる予定、ということで、しばらく保留となった。
王妃の行為は、公にすれば貴族たちからの反発を招くことになる。
しかし、このままうやむやにすれば、エリザベート達クラスト公爵家の気持ちも収まらないだろう。
王妃への罰は、宰相とギルギット公爵、クラスト公爵の3人で決めることになった。
クラスト公爵家は、ようやく見張りのいる生活からの脱出を果たしたのだった。
馬車までの道をギルギット公爵と宰相が付き添いながら歩いていると、後ろから、声がかけられた。
「エリザベート嬢!」
ブライドだった。
走ってきたようで、髪が乱れている。
「ブライド、何用だ」
「大叔父上、ほんの少しでよいのです、エリザベートと二人で話をさせてもらえませんか?」
「何?」
「ほんの少しでよいのです。ほんの少しで・・・」
「エリザベート嬢、どうする?」
そう聞かれて、エリザベートは少し考えた後、了承の返事をした。
いつもつまらなそうにしている婚約者が、表情を変えているのが珍しかったのだ。
二人は皆から少し離れて、庭園で話をすることにした。
「それで?私にお話とは?」
「その・・・・母上がエリザベート嬢にひどいことを・・・。
何も知らずにいたことを、謝罪させてほしい。済まなかった」
まさか謝罪が来るとは思ってなかった。
「何も助けてやれなかった私が、こんなお願いをするのはずうずうしいとわかっている。
わかっているんだが、もう一度だけ、婚約のチャンスをくれないだろうか?」
ブライドの提案に、驚きすぎて固まってしまったエリザベートだった。