8父、頑張る
【アンナちゃん、私、いじめなんてつまらない事しないわ。やるなら堂々と反撃するわよ】
「アンナちゃんって、勝手に友達扱いなの?先祖設定じゃないの?設定ぶれてんじゃないわよ」
まだどこか疑っているアンナだったが、文章から、自称エリザベートがそんなに悪い奴だとも思えなくなってきていた。
「しかもやり返すなら堂々とやる宣言までしてくるなんて、本当にあの悪女だとしたら、なんか変だよね」
う~んと考えたが、まあ、いいや、と思い直し、返事を書いた。
【もしかしたら、いじめをしてるって冤罪かもしれないから、ちゃんと自分じゃないって証明できるようにしときなよ。じゃないとやってないって証明するの大変だからね】
【それと、婚約者と仲良くしときなよ。味方になってもらえるように、浮気されないように】
書き終えて、いつもの場所にノートをしまうと、アンナは図書館を出た。
いつものレストランまで歩かないといけないからだ。
生憎と、雨が降っていた。
「ありゃ、困ったな」
立ち止まっていると、目の前に傘が差しだされた。
「?」
「貸してあげるよ」
「え?いや、そんな見ず知らずの人に借りるわけには・・・」
傘の人はクスリと笑って、自己紹介をした。
「僕の事知らないんだ、珍しいね。僕はアンソニーだよ」
「アンソニー様・・・、あ、私はアンナ、アンナ=クラストです」
「うん、知ってる。割と有名人だよね」
「あの、アンソニー様はもしかして、その第3王子殿下の・・・」
「そう、僕が第3王子」
「!!失礼しました」
あわてて礼をしようとすると、手をひらひらさせて止めてきた。
「そういうのいいよ。で、君は今、傘がないから困ってるんでしょ?貸してあげるって」
「で、も、それでは、殿下が濡れてしまいます」
「大丈夫、ほら」
そう言って指さす方には、傘を持った人影がこちらへ向かっているのが見えた。
「だから大丈夫」
そう言ってアンナの手に傘を持たせると、優しく背中を押してくれた。
その日から、いつか傘を返そうと、アンナは常に傘を持ち運ぶようになった。
恐れ多くも第3王子殿下だ、なかなか側に近寄るわけにもいかない。
ましてや、自分はあの悪女の子孫だ。
何を言われるかわからない。
ロッテンマイヤー先生との話の後、学院では調査が行われているようだ。
アンナのクラスメートも呼び出されて、話を聞かれているらしい。
それもあってか、表立ってイライザたちから何かされることはなくなっていた。
それでも、アンナはエリザベートのノートの事もあり、毎日のように図書館へと通っていた。
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【もしかしたら、いじめをしてるって冤罪かもしれないから、ちゃんと自分じゃないって証明できるようにしときなよ。じゃないとやってないって証明するの大変だからね】
【それと、婚約者と仲良くしときなよ。味方になってもらえるように、浮気されないように】
「なるほど、さすがアンナちゃんね。でも、私にはお友達もいないし、証明してくれる人って誰もいないわね。困ったわ、どうしようかしら、ねえ、クロちゃん」
~婚約者~
「ああ、ブライド様ね、でも、お茶会で込み入ったお話ができないのよね。
お話したら、ふさわしくない会話だって、王妃様に説教だし・・・」
「とりあえず、見張りを何とかしよう!」
例のごとく、侍女に扮したエリザベートは父親と相談をした。
「この見張りはおそらく王妃様だと思う」
「そうなのですか?」
「断定はできないが・・・・」
「では、どなたに聞いてみますか?」
「そうだな・・・ギルギット公爵だな」
「ギルギット公爵様、といえば、前国王の弟様でしたよね」
「ああ、現在の陛下も一目置いていらっしゃるし、何より公正なお人柄だ」
「お近づきになるチャンスがありますか?」
「何か考えてみよう、ベスは何か思いつく事があるかい?」
「そうねえ・・・そういえば婚約者になる前に読んだ小説にこんな方法があったわ」
数日後、ギルギット公爵が王宮を歩いていると、すれ違った貴族から声をかけられた。
「もしや、これを落とされませんでしたか?」
そう言って差し出された手の上には、ハンカチと、”内密でお話があります”と書いたメモが載っていた。
位置的にギルギット公爵からしか見えないような位置だ。
相手を確認すると、娘が王子の婚約者であるクラスト公爵だった。
その顔色は悪く、だが、その目は真剣さを感じるものだった。
ギルギット公爵はクラスト公爵にしかわからないようにかすかに頷いた。
「おお、これは間違いない、私のだ。いやいや拾わせてしまって申し訳ない」
「いえ」
「クラスト公爵、お時間はあるのかな?お礼と言っては何だが、せっかくの機会だ、姪孫
の婚約者の父上と少しお茶でもしようではないか」
「光栄でございます」
二人は連れ立って歩きながら周囲に聞こえないように話をした。
「内密の話か?」
「はい、お人払いをしていただくか、公爵様の信用できる者のみでお願いします」
「うむ」
そう言ってギルギット公爵が連れてきたのは、宰相の執務室だった。
「ここは宰相様の・・・」
「問題ない、彼は信用に足る」
「しかし、私が一緒だと知られたら」
「その時は宰相に助けを求めればよい。まずは部屋に入れ、ここは目立つゆえ」
そう言って宰相の執務室に入ると、ギルギット公爵を見た宰相がさっと人払いをした。
「それで?何を困っているのだ?」
「実は、我が家が王家からの見張りで身動きが取れないのです」
「どういう意味だ?」
クラスト公爵はエリザベートが婚約者になってからの事を事細かに話した。
特に、エリザベートが雁字搦めにされており、少しの失敗も許されず、学院で友人も作ることも許されない事。家族でのプライベートな会話ですら後から叱責される始末。
「王宮ですら、私の周りではいつでも聞き耳を立てておりますし、うかつに手紙を書いたりすることもできません。
全てが娘への叱責となるのですから・・・。
我が娘が婚約者となった事が、本当は王家は気に入らないのではないですか?
そうでなければ、このような、家族の会話すらできないなど・・・。
私は娘が不憫でならないのです」
ギルギット公爵と宰相は腕組みをしたまま、じっと目を閉じている。
しばらく沈黙が続いた。
「クラスト、すまなかった」
「私も、そのような事態になっているとは全く知りもせずにおりました。
長い間、そんな生活を強いてしまい、申し訳ありません」
「それにしても、誰がこのような指示を出したものか」
「おそらく陛下が慣例として婚約者様には護衛と、監察の為に数人つけたのでしょう。
でも、婚約者の家までというのは、王妃様ではないかと」
ギルギット公爵ははぁ~っとため息をついた。
「あの女は本当に・・・、クラスト公爵、この件は私と宰相で必ず真相を明らかにする。
少しだけ、あと2,3日だけ待ってくれるか?」
「はい、よろしくお願いします」
クラスト公爵家は3日後に王宮に呼び出しを受けることになった。