6見張りの事
「ロッテンマイヤー先生」
アンナはマナーの講師に声をかけた。
「あなたは?」
「1年のアンナ=クラストです。先生に質問があって」
「まあ、私に?」
「はい」
「では私の部屋にいらっしゃい」
「ありがとうございます」
ロッテンマイヤー女史はアンナを座らせるとお茶とお菓子を用意した。
「それで?何が聞きたいのかしら?」
「あの、高位貴族の婚約者には見張りが付くものなんでしょうか?」
「は?何を聞いているの?」
「いや、あの、すみません」
「どういうことなのか、説明してもらえる?」
(どうしよう、変なノートが悪女エリザベートの物で、なんて私もまだ半分信じてないんだけど、
でも、見張られるってのが気になるし・・・)
アンナはちょっと考えた。
よし、ごまかそう。
「あの、私、あのエリザベートの子孫でした・・・」
「知ってるわ」
ま、当然か、学院に入学するなら、貴族としての調査が入るからね。
それに、あのエリザベートだし、貴族なら知ってるよね。
「それで、その、悪女の子孫だといろいろ言われてまして・・・」
「まあ、そんな先祖のことで?この学院でそんなことが行われてるなんて、問題だわ。
早速報告をしなければ」
慌てて立ち上がったロッテンマイヤー女史は、ふと、アンナの存在を思い出した。
「アンナさん、ごめんなさい。報告は後にするわね、それで?
先ほどの質問はどういうことかしら?」
「あ、はい、学院に居場所が無くて、図書館で時間を過ごしていたんです。
それで、自分の先祖の事だし、いろいろ調べてみようかな、と、歴史書を読んでいたんです。
エリザベートの事を書いたものを読んだのですが、やけに細かくて、それで、ふと思ったんです。
もしかして監視、というか、見張りをしていた者が報告したことも、書かれているのではないかと思いました。
ですから、高位貴族の婚約者になると、行動を監視されるのかと思いました」
ちょっとこじつけがましいかな?と思ったが、ロッテンマイヤー女史は信じてくれたようだ。
「そうねえ、監視、というよりは護衛かしらね。後は、まあ、婚約者としてふさわしい行動をとっているかを確認するというために付けることもあるわね」
「それは見張りということになりませんか?」
「そう言われたらそうなるわね、でも必ず付けるわけじゃないのよ」
やはり、見張りが付くのか。
ということは、自称エリザベートが見張られてると書いていたことは、誇張ではないのか。
見張りをどうにかしないといけないな。
「先生、自宅の中まで見張るようなことはありますか?」
「自宅の中まで?そんな話は聞いたことがないけれど・・・。
もしも家まで見張られているとなると、王族、ぐらいじゃないかしら、それにしてもやりすぎだと思うわね」
「もしそんなことがあったとしたら、止める方法はあるんでしょうか?」
「そうねぇ・・、王族の誰が見張りを命じているかわからないけれど、想像するとすれば、陛下か、王妃殿下か、婚約者本人、このどれかになるでしょうね。
それ以外の近しい王族に話を聞いてもらえたら、もしかしたら何とかなるかもしれないわね。
って、例えばの話に随分真剣に考えてしまったわね」
ほほほっと、ロッテンマイヤー女史は笑った。
その後、アンナはイライザたちにされたことを聞き取りされた。
クラスの皆にも同じように聞き取りをして、情報を集めてから、会議を開いてくれるらしい。
アンナはお礼を言って部屋を退室した。
「まさか、本当に見張りがいるだなんて・・・、自由も何もないのね。
ていうか、何をしたら誰に怒られるんだろう?」
次の日、アンナはノートに気になった事を書き込んだ。
【何をしたら、誰に怒られるの?】
【見張りを頼んだ人はわかる?】
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「何をしたら怒られるって?そういえば、何をしても何をしゃべっても王妃様に叱られるわね」
「あ~久々に遠乗りに行きたいわ、お兄様」
そう言った次の日は、
「エリザベート、遠乗りに行きたいのですって?
自ら馬に乗りたいだなんて、はしたない事ですよ。
しかも、あなたのお兄様も同調なさったとか、そんな事で王子を支える後ろ盾になれるのかしら?」
そう言われた。
こっそりと庭で花の手入れをしていた次の日は
「エリザベート、貴女、庭で土いじりなんてしてたんですって?
王子妃としてのプライドはないのかしら」
お茶会で男爵家の令嬢と冒険小説の話で盛り上がった時は、
お茶会の後に王宮まで呼び出され、自分の選んだ令嬢以外と婚約者にふさわしくない話題を話したと、ネチネチと2時間近く叱られた。
家族で領地に戻る相談をしていた時も、
「王家に何の相談もなく領地に戻るなんて、王子の婚約者としての自覚がない」
と父親とともに呼び出され、叱責を受けた。
どんな些細なことでも、婚約者にふさわしくない、と王妃からの叱責があった。
ノートに書いていて、エリザベートはため息が出た。
最後に書いたのは 【王子の婚約者など辞めてしまいたい】 だった。
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「うげ~、ナニコレ、最悪じゃん」
ノートを読んだアンナの素直な感想であった。