3空洞のノート
空洞から見つけた古びたノートは、エリザベートの物だった。
(表紙に名前が書いてあるけど、真面目だな)
変な感想を思いながら、ノートの中身を読んでみることにした。
丁寧な字で書かれたそれは、日記でもなく、何というか、覚書のような、思ったことをただ書き付けたノートだった。
それも学院に通っている時の事のようだ。
【学院の生徒会に入ったが、仕事が多い】
【王子妃教育も次の段階だと言われた、疲れる】
【王妃様から友人は王家の選んだ子だけだと言われた、つまらない】
【早朝から殿下に表情がないと怒られたが、王子妃教育で表情を変えてはいけない、
と言われているのに、どうしたらいいだろう】
【乗馬がしたい】
【のんびりと昼寝がしたい】等々・・・・。
「なんじゃこりゃ」
悪女と言われた女にしては、なんとも愚痴?どうでもいい事ばかり書かれている。
なんでこんな物がこんなところに?
と思ったが、こんな女のせいで、自分が学院でこそこそしなければいけないのか、と思うとアンナはだんだんと腹が立ってきた。
アンナはノートの空白のページを開いて、こう書いた。
【そんなつまらんことを書くくらいなら、罪を犯すな、バーカ】と
アンナはノートをまた元の空洞に押し込んだ。
過去の古い私物だし、アンナが書いたことなんて誰にもわからないだろう。
直接文句を言ってやった気分になり、アンナはその場を立ち去った。
*******
「メリル、もう疲れたわ」
「お嬢様・・・、そんな事をおっしゃってはいけません。誰が聞いているかわかりませんわ」
エリザベートは小さくため息をついた。
王子の婚約者になってから、毎日のように王子妃教育がある。
エリザベートは見た目とは違い、かなりお転婆であった。
小さい頃から領地で過ごしていた彼女は、のんびりした両親のおかげで、かなり自由に過ごしていた。
池でカエルを捕まえたり、そのあたりに落ちている棒でチャンバラをしたり、庭師とともに土をいじり、馬に乗ってピクニックに行ったり・・・楽しすぎたのだ。
王都に戻ってからも、しっかりと家庭教師の勉強をすれば、ある程度の事は許してもらえた。
兄と一緒に剣の稽古をしたり、護身術を習ったりと、体を動かした。
勉強も、ベテランの穏やかな老紳士で、ゆっくりとだが、高度な教育を行ってもらえた。
そんな日常が一変したのは、エリザベートが王子の婚約者に決まった時からだった。
運悪く、王子の近い年代で、一番身分が高かったのがエリザベートだったのだ。
しかも、顔合わせの時に、王子がエリザベートを気に入ってしまった。
もちろん、猫をかぶった令嬢モードのエリザベートだが、おとなしそうな可愛らしい令嬢に見えたようで、反対する間もなく婚約が調ってしまったのだ。
それからの日々は、エリザベートにとって苦痛でしかなかった。
毎日のように王宮に行き、王子妃教育を受けなければならない。
入れ替わり立ち代わりに講師がやってきては、厳しく教育をされる。
ひどい講師に至っては、躾用の鞭で手の甲を叩いたりするのだ。
家にも、王家から派遣された侍女や従者がやってきて、講師の宿題の進捗や、普段の生活にも目を光らせていた。
少しでも弱音を吐こうものなら、次の日には王妃からの叱責が待っている。
学院に入学してからは、王家が選んだ子女たちのみ、会話を許されたが、やはり、本音を少しでも漏らせば、叱責されるのだ。
エリザベートには心休まる暇が無くなってしまったのだった。
もとから仕えてくれている専属侍女のメリルは、日々追い込まれていくエリザベートの姿に心を痛めていた。
どうにかして休める場所を探していた時、エリザベートの兄の従者から手紙を受け取った。
・学院の歴史書の置いてある場所
それはエリザベートの兄からの情報だった。
兄もまた、日々しおれていく妹を心配していたのだ。
せめて学院で一人になれる場所を、と探したのが、この場所だった。
ようやく、エリザベートは頬杖を突いても怒られない場所を、得たのだった。
そして、メリルは、一冊のノートを手渡した。
「こちらにお嬢様の心の内をお書きください。
そして、それをこちらの歴史書のどこかにお隠しください。
私はその場所を伺いませんから、誰にもわかりません」
エリザベートはそのノートに思いついた愚痴を書いた。