番外編 雨の日
消えた第3王子様のお話です。
アンナ=クラスト公爵令嬢はその日、図書館にいた。
歴史書の棚、ではなく、授業で出された課題に必要な資料を探しに来たのだった。
「歴史書の棚は相変わらず開かないわね」
アンナの記憶は段々と公爵令嬢の物に移って行っているのだが、まだ、男爵令嬢だった時の記憶も残っている。
もしかしたら、穴が開くかも?という期待を込めて、毎日ではない確認をしているのだ。
もちろん、歴史は変わり、悪女の子孫ではない。
れっきとした公爵令嬢なのだ。
しかも王妃を輩出した、歴史ある名門公爵家。
それでも、アンナはエリザベートとのノートのやり取りを懐かしく思い出すのだった。
記憶が無くなるその日まで・・・。
無事に資料を探し当て、貸出手続きを済ませて外に出ると、雨が降っていた。
「あら、困ったわ」
立ち止まっていると、目の前に傘が差しだされた。
(なんだか前にもこんな事なかった?)
そう思っていると、傘を差しだしてくれたその人は、にっこりと笑っていた。
「貸してあげるよ」
「え?でも・・・」
その人はくすっと笑った。
「怪しいものじゃないよ、留学生のアンソニー=ランブレトって言うんだ」
「あ、私はアンナ、アンナ=クラストです」
「クラスト公爵家の?」
「はい」
「そうか、君が。ハントから聞いているよ、生徒会に入るくらい優秀なんだってね」
「ハント様とお知り合いですか?」
「うん、小さい頃から家族ぐるみでのお付き合いがあるんだ」
「そうなんですね」
「ずっと昔、僕の先祖はこの国から嫁いでいるんだ。その縁もあって、ハントの家とはずっと仲良くさせてもらっているんだ」
(そう言えば歴史書を見ていた時、ハント様の家はギルギット公爵家から分かれているって知ったんだった。そうか、傘を貸してくれた第3王子は、ちゃんとここに戻ってきてくれたんだわ)
「それで、傘、どうする?流石に一緒に使うわけにはいかないからね」
そう言って笑いながら傘をアンナの手に持たせてくれた。
「でも、この傘を借りてしまったら、ランブレト様はどうされるのですか?」
「大丈夫、ほら」
そう言って指さす先には人影がいた。
「だから、大丈夫」
そう言って優しくアンナの背中を押すその手は、あの時と同じように優しかった。
そして、次の日、生徒会室でハントからアンソニーを紹介されたアンナは、今度こそ、優しい人に傘を返すことができたのだった。
それからも、生徒会の仕事を手伝いつつ、この国の学院について学ぶアンソニーは、消えることなく、アンナ達と楽しい日々を重ねていくことができたのだった。
皆様に心配された第3王子のお話を書かないとなんだか可哀そうになってしまいました。
これで安心していただけると嬉しいです。




