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16 クロちゃんと王子


悪女エリザベートがいない、アンナは図書館で歴史書を読み直していた。

「エリザベートの悪行が消えている?」

前に見た時は書かれていたエリザベートの悪事と処刑の記載はさっぱりと消え去っていた。

そして、愛妾イレーネについても何も書かれていなかった。


「歴史が変わったってことかな?それにしては、私貧乏なままなんだけど?」

それでも、周囲が悪女の子孫という認識をなくしてくれたことは、アンナにとって平穏な学院生活が送れるということだ。

イライザたちの意地悪は単なるアンナへの嫉妬、というしょうもない理由になる。


「悪女の子孫じゃなくて、単なるエリザベートの子孫ってことか」

その方がいい、貧乏でも、人から悪し様に罵られる生活よりも、ずっと心の安寧を得られる。


【エリザベートさん、掃除、頑張って。王子様と乗馬できるといいね】


*******


「クロちゃん、ブライド様意外と頑張ってるのよ」

~馬怖い?~

「そう、馬が近寄ってくると、急に固まって動かなくなるのよね」

~動物怖い?~

「まあ、生き物に関わった事がないのだから、仕方がないのかもしれないわね」


今日も朝からクロちゃんに食べ物をあげながら、クロちゃんの背中を撫でていたエリザベートだったが、ふと、誰かの視線を感じて振り返った。

「あ、で、ん、か・・・」


そこにいたのは、驚いた顔のまま固まっているブライドだった。


誰にも知られないようにしていた秘密の場所、秘密の時間を知られてしまい、エリザベートは大慌てだ。

膝のクロちゃんを隠すつもりで上着の中にしまおうとしたのだが、クロちゃんはおとなしくしまわれてくれない。

「クロちゃん、お願い」

~なんでー~

「だって・・・」

そうやってもたもたしている間に、ブライドは気を取り戻したようだった。


「エリザベート嬢、その、その生き物はいったい・・・?」

「ああああ、あの、その、この子はその私のお友達で・・・」

「友達?」

「そう、そうなんです、私の癒しのお友達なんです」

「・・・・」

「この子の背中の毛並み、と~っても気持ちがいいんです、是非撫でてみてください」

焦っていて思考がまとまらないエリザベートは何を思ったのか、膝の上のクロちゃんを持ち上げてブライドの顔の前に突き出してしまった。


いきなり黒い毛玉を突き出されて、ブライドは驚きながらもうっかり受け取ってしまった。

初めての生き物との遭遇、ブライドはどうしていいのか固まったままだ。

クロちゃんと目が合う。

「エリザベート嬢、その、私はこれからどうしたら?」

「まずは座って膝の上にクロちゃんを置いてください」

ブライドは恐る恐る椅子に腰を掛ける。

ひざの上にはこちらをじっと見つめる黒い毛玉。

ブライドは思わず見つめ合ってしまった。


「殿下、背中をそっと撫でてあげてください」

そう言われ、ブライドは人差し指でそっと背中を触ってみた。

「温かいな」

「そりゃそうですよ、生きてますから」

「そうか」


そのままブライドがクロちゃんの背中をしっかりと撫でられるようになるまで、エリザベートは静かに見守った。

「クロちゃんも気持ちよさそうですね」

「なんだか落ち着くな」

「ふふ、良かったですね」


時間が来た。

エリザベートはクロちゃんとノートをいつもの場所にしまった。


一緒に図書館を出ることになり、二人は連れ立って歩きながら話をした。

「エリザベート嬢、明日もここに来るのか?」

「はい、まあ、毎朝クロちゃんに会って、ご飯をあげておりますので」

「それは・・楽しそうだ・・・」

「癒されます」

「そうか・・・私も明日また来てもいいだろうか?」

「え?」

「その、迷惑でなければ、だが」

断られたらどうしよう、という顔が、エリザベートにはしょんぼりした子犬に見えてしまった。


「ぷ、ふふふ、迷惑ではありませんよ。どうぞいらしてください。

あ、でも、誰にも内緒にしていますので、殿下もおひとりでこっそり来てくださいね」

「ありがとう、内緒で来るよ」

ブライドは心から嬉しそうに笑った。


その日の厩舎の掃除は、ブライドことライが初めて戻ってきた馬の鼻を撫でることができ、騎士科のみんなからほめられた奇跡の日だった。


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