15 掃除で歴史が?
「ということで、厩舎の掃除をしようと思います」
「どういうことでそうなった?」
「まあ、いいじゃないですか、それで、掃除をするにあたって、お兄様の洋服をもらいたいな、と」
「私の服?」
「ええ、サイズが合っていないものがあれば、それを着て掃除をしようかと」
「お前が?一人で?」
「一応、殿下もお誘いしてみました」
「は?厩舎の掃除を?殿下にさせるのか?」
「ええ、動物が苦手だから、乗馬をしたことがないけれど、何とか馬に乗ってみたいそうですよ」
「大丈夫なのか?それ」
「大丈夫じゃないですか?多分」
(そうだった、妹は本来そういう性格だった・・・。いい意味で前向き、思ったことはすぐ行動、
深く考えずに楽しめるんだったよな。
殿下は大丈夫なんだろうか?剣も体術も乗馬もやってるところ見たことないんだけど)
「あ、殿下が動物苦手で乗馬ができないことは内密にお願いしますね。
厩舎の掃除も変装してやるそうですし、内緒ですよ」
「わかったけど、本当にだいじょうぶか?」
兄の心配をよそに、エリザベートは楽しそうにしていた。
エリックとエリザベートの会話の数日前にさかのぼる。
「して、ブライド、相談があると聞いたが?」
「はい、お時間いただきありがとうございます」
ギルギット公爵は、公爵家との話し合いの日から、毎日のように登城し、宰相と共に陛下たちの再教育を行っている。
今までブライドの行動も王妃が監視していたことが判明したため、王子教育も再度行われている。
侍女や護衛も総入れ替えとなり、ブライドは今までかなり制限された生活をしていたことを知った。
ブライドは剣も体術も乗馬も、本来はやるべき教育であったのに、
「可愛いブライドがけがをしたらどうするの!」
という王妃の過保護ですべて取りやめとなっていた。
学院入学時の王妃の横暴な要求で、学院の予算もひっ迫し、王妃の嫌う野蛮な教育は貶められ、入学したら少しは自由に振る舞えるかと思ったブライドは落胆を隠せなかった。
ギルギット公爵と宰相は王妃の過保護に驚き、それを全く知らなかったという国王に呆れ、覇気のない王子の行く末を案じた。
そんなブライドから相談がある、と言われ、ギルギット公爵は宰相とブライドの父である国王と4人で集まった。
「実は、エリザベート嬢から、厩舎の掃除に誘われました」
「「「は?」」」
3人は思ってもいない内容に驚きを隠せなかった。
「厩舎の・・掃除を?」
「何故だ?」
「王子が掃除?」
「その・・・母上が、私の入学式前の視察でいろいろ言ったそうで・・・それで、騎士科からの反発がひどいと聞いたそうです」
「それで?」
「親のしでかしたことを子供である私が払拭してはどうかと、提案されました」
「それが掃除か?」
「王族とわからないように変装して、一緒にやれば、騎士科の役に立てる上に、馬に慣れたら乗馬もできるかもしれないからと」
「それを聞いて、どうするつもりだ?」
「やってみたいと思います」
ギルギット公爵の問いに、ブライドはしっかりと顔をあげて答えた。
3人は顔を見合わせて、しっかりと頷き合い、国王は父親としてしっかりやるようにブライドを励ました。
宰相は早速王宮の厩舎に連絡を取り、王子へ掃除の手ほどきをするように指示を出した。
いきなり何もできない王子をエリザベートに丸投げするわけにはいかないからだ。
ギルギット公爵は改めて、王妃の歪んだ価値観を直すことを決意した。
そして、厩舎の掃除が始まった。
乗馬訓練のために馬が出払ってから、こそっと頭からほっかむりをした二人が現れる。
「殿下、やりますよ!」「お、おう」
今までは、騎士科で順番に掃除を回していたそうで、それを二人が手伝う形となる。
始めは怪しい二人組を追い返したり、わざと水をかけたりしていたのだが、二人があきらめずによろよろしながらも掃除を手伝ううちに、一緒に掃除するのが当たり前になってきたのだった。
「ライ、早くここを掃いて」「ああ」「クロ、飼い葉刻んで」「はい」
二人はライとクロと名乗っていた。
ほっかむりとマスクのせいで性別すらわからず、うまくやれている二人だった。
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【始めはブライド様をブラさんって呼ぶつもりだったんだけど、お兄様が、あまりにもセンスがないっていうから、ライさん、にしたのよ。私は性別がわかっちゃうといけないから、クロにしたわ】
「エリザベートって黒い部分あったかな?」
ま、楽しそうならいいかもね。とつぶやいて、アンナは教室へ向かった。
放課後、生徒会室で書類を整理していると、ハント様が声をかけてきた。
「ねえ、アンナ嬢、その後悪口とか嫌がらせとかされていない?」
「そういえば、最近は平穏ですね」
「ならよかったよ、生徒会役員をいじめるなんて馬鹿はいないだろうしね」
「本当に、誘っていただいてよかったです」
「なんでアンナ嬢がいじめられていたのかね」
他の生徒会役員が聞いてきた。
「まあ、悪女の子孫ですし・・・」
「悪女?って誰?」
「え?悪女エリザベートですよ?」
「だから、それ誰?歴史上の人?聞いたことないなぁ」
生徒会室にいた全員が悪女エリザベートの事を知らなかった。
(どういうこと?悪女エリザベートがいない?ってこと?)




