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料理しちゃうぞ!

テーマは「カレーライス」。

「え、おばさんが入院?」

 登校途中の通学路で、幼なじみのタカアキがぼそっと言った言葉に、あたしは驚きの声を上げた。

 タカアキは、あたしが大声を上げたことに逆に驚いたみたいで、あわてて両手を左右に振ってみせる。

「そんな大げさなことじゃねーよ。単なるぎっくり腰だってさ。二、三日もあれば退院できるって」

「ぎっくり腰だって十分に大変じゃない。おばさん、今まで入院したことなんてないんでしょ?」

 タカアキの家とあたしの家は、それこそあたしたちが生まれる前から家族ぐるみの付き合いで、当然あたしとおばさん、つまりタカアキのお母さんはお互いをよく知っている。というか、仲良しと言ってもいいはず。明るくて気さくな性格のおばさんとあたしはすごく気が合って、二人で一緒に買い物に行ったりしたこともあるくらいだ。

 そんなおばさんはすごく体が丈夫で、風邪なんてもう何年も引いていないよ、っていうのが自慢だった。当然、入院したなんて話は聞いたこともない。

「それはそうなんだ。うちのおふくろ、健康だけが取り柄だもんな」

 タカアキがうんうんとうなずきながら答える。

 あんな素敵なお母さん捕まえて、「健康だけが取り柄だ」なんて、タカアキってば失礼しちゃうよ、まったく。

「入院、ってことは、二、三日はおばさん家にいない、ってことになるよね? タカアキとおじさんのご飯とかどうするの?」

 あたしが尋ねると、タカアキは途端に渋い顔になった。

「そう、それなんだよ、問題は。親父は料理なんて一切できないし」

「そういうタカアキだって、料理なんかできやしないんでしょ?」

 あたしの言葉に、タカアキは肩をすくめてため息をつきながらうなずいた。

「やっぱりね。んーと……」

 あたしは腕を組んで首をかしげた。それからポン、と手を打つ。

「決めた! あたしが料理作りに行ったげるよ」

 タカアキの情けなーい顔にびしっと指を突きつけて、あたしは宣言する。タカアキはぽかん、とした顔だ。

「なにあほ面してんのよ。特別大サービスなんだぞ、踊り狂って喜びを表現したまえ」

「……アスカ、お前、料理なんてできたのかよ?」

「え? ……あ、あったりまえでしょ! このアスカ様を見くびるな、っての!」

 ちょっとだけ冷や汗がしたたったのは隠しながら、あたしは胸を張ってみせる。笑顔が引きつってたなんてのはきっと気のせいだ。うん。

 思わず勢いで料理を作りに行くなんて言っちゃったことに、ちょっぴりだけ後悔する。実をいうと、あたしは学校の教育実習を除いて料理をしたことがない。目玉焼きより難しい料理を作ったことがないのだ。

 だけど、そんなのタカアキに知られるのは悔しいじゃないか。こうなったらこれを機会に「料理のできるアスカちゃん」になって、タカアキをぎゃふんと言わせてやるんだかんね! あたしはそう心に決めた。

「じゃあ、今日の放課後、買出しに行くからタカアキは荷物もちを手伝うこと! いいね?」

 思いっきり背筋を伸ばして、そう言ってのけてやる。

「あ、ああ。それはかまわないけど……本当に大丈夫なのか?」

 心配そうな顔のタカアキに向かって、あたしはピッ、と右手の親指を立てて見せた。

「ノープロブレム! このアスカちゃんを信じなさい!」


    *   *   *   *   *


「よく考えたら、タカアキのうちに入るのって久しぶり。もしかして小学生の時以来かな?」

「今年の元旦に新年の挨拶に来たじゃんか」

「あの時は玄関で挨拶しただけでしょ。中まで入るのは数年ぶりのはずだよ」

 そんなことを言いながら、あたしとタカアキはタカアキの家の前まで来ていた。あたしたちの家は隣同士だから、あたしの家もすぐそこに見えている。

 太陽はだいぶ傾いていて、オレンジ色の光が町を染めていた。

「まぁ、別にあの頃と大して変わってねぇよ」

 そう言いながら、タカアキは制服のポケットから鍵を取りだしてドアを開ける。彼の右手には大きな買い物袋。

 先にどんどんと家の中に入っていくタカアキに続いて、あたしもドアをくぐった。

「おじゃましまーす」

 おじさんはまだ仕事だから、家の中には誰もいないことはわかっていたけれど、なんとなくそう口にしてしまう。

 玄関で靴を脱いであがると、タカアキを追ってリビングに入る。キッチンとつながった空間になっていて、家族で食事をしたりテレビを見たりするスペースでもある、この家の中心だ。あたしも小学生の頃、ここで一緒に夕食を食べさせてもらったりしたことがあった。

 久しぶりに入ったタカアキの家は、タカアキの言うとおり、あたしがよく通っていた小学校の頃とほとんど変わっていなかった。

 テーブルや棚の位置も、リビングの薄緑色のカーテンも、家の中全体に流れる、落ち着いた雰囲気も。変わったのは、いくつか新しい食器や鍋が増えたことくらい。

 おばさんのきちんとした性格を映して、家の中は清潔で綺麗。それでいて生活感にはあふれていて、なんだか優しい感じなんだ。

「じゃ、タカアキ、キッチン借りるね~」

「あ、ああ。でもホントに大丈夫なのか?」

 タカアキの心配そうな言葉に、あたしはグッと拳を突き出してみせる。

「バッチリだってば。タカアキはそこでのんびりテレビでも見てなよ。あたしがサイコーにおいしいカレーをご馳走してやるからさ!」

 そう言ってあたしはキッチンに向かった。きちんと整頓されたキッチン。材料の買出しもバッチリだし、あたしの頭の中には今日の昼休みに図書室に行って暗記したカレーのレシピがしっかり詰まってる。

 うん。準備万端!

 あたしは、包丁を取り出して、上機嫌でカレーを作り始めた。


「ううん……」

 包丁を握り締めたあたしは、目の前のじゃが芋を睨み付けて小さく唸る。

 昼休みに図書室で見たレシピに書いてあった、「じゃが芋を一口大に切る」の文字。

 皮むき器を使ってなんとか皮はむいたのだけど、ころころとしたじゃが芋は予想以上に切りにくい。しかも、一口大ってどれくらいだろう? 妙なことがすごく気になってしまう。

 前にテレビで見た三分間クッキングでは、いともたやすくじゃが芋をざくざくと切っていたはずなのになぁ。

「痛っ、」

 転がるじゃが芋と意地になって格闘していたら、小さな痛みを感じた。思わず右手の人差し指をくわえると、口の中にかすかな血の味が広がった。包丁で指を切っちゃったみたいだ。

「う~、最悪」

 思わずため息をついたあたしの目の前に、にゅっと、大きな手。その指先にはバンソコが握られてる。

「大丈夫か?」

 差し出されたのは、いつの間にかすぐ隣に来ていたタカアキの手だった。ふと振り返ってみるとタカアキの心配そうな顔。

「ダイジョブ、ダイジョブ。ちょっと切っただけだから。ほら、河童も木から落ちる、って言うでしょ? この天才アスカちゃんも、たまには失敗するってもんよ」

 バンソコを受け取って指に巻きつけながら、あたしは笑ってみせる。

「……ホントに平気か? オレ、手伝おうか?」

「大丈夫だってば! いいからタカアキはそっち座ってる!」

 まだ心配そうなタカアキの背中を強引に押してリビングの方に追い払ってから、あたしはもう一度キッチンに向かう。あれだけタンカ切っちゃったんだからね、こんなところでギブアップできるか、っての!

 立ち直りが早いのがあたしの一番の取り柄。すっかり気合を入れなおしたあたしは、再びまな板の上のじゃが芋に立ち向かった。


 30分後。

 キッチンにはカレーの香りが漂っていた。

 何とかして完成までたどり着いたものの、あたしは出来上がったカレーを見て、小さくため息をつく。

 できたものは、レシピで見たおいしそうなカレーとはまったく違っていた。野菜の大きさは不揃いで、形もバラバラ。カレー自体も、水の加減が違っていたのか思ったより水っぽくなってしまっている。

「おー、うまそうな匂い! できたのか?」

 後ろからタカアキの声。あたしは振り向かないままにうなずいた。

「う、うん」

「すげー、ちょっと味見してもいい?」

 そう言いながらタカアキは、あたしの返事も聞かずに鍋の中におたまを突っ込んで、小さな器にすくって口をつけている。

「おお、おいしいじゃん!」

 タカアキがはしゃいだ声を出す。味の方はあたしも味見をして確認したから、問題ないはずだ。特別な味じゃないけど、ちゃんとしたカレーの味を出せているはず。

「でも、見た目が……」

 あたしがそう言って口ごもると、タカアキはきょとん、とした顔になった。

「見た目? そんなの、腹の中に入っちゃえば同じなんだから関係ないじゃん」

 さも当然、とばかりに言うタカアキに、あたしは思わず吹き出してしまった。

「タカアキってばほんとに単純だね」

「そりゃそうだ! オレはうまいもんが食えればそれでいいの!」

 褒められたと勘違いしたのか、タカアキが偉そうに胸を張ってる。

「ってかほんとにアスカ料理できたんだな。びっくりした。マジうまいよこれ」

 そんなことを言いながら、いつの間にかタカアキは味見をおかわりしてたりする。それがなんだか嬉しくて、あたしはとびっきりの笑顔でタカアキに言ってやった。

「あったり前でしょ! あたしを誰だと思ってるのよ!」

「へへ~。感謝してます」

 おどけて手を合わせてみせるタカアキの背中をバシッと殴ってやりながら、今度は見た目も完璧なカレーを作って驚かせてやるんだから、とあたしは心の中でひそかに決意した。

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