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失恋記念日

Something ELseの「きみはともだち」という曲をモチーフにしています。

「おっす」

「……あ、タカアキ。おはよ」

 ようやく寒さも緩んできた三月。重いコートを着るのをやめて、黒い学ランの学生服だけで家を出た、そんな朝。

 いつもと同じように、通学路で紺のブレザーとスカートの制服姿に声をかけたオレは、振り返ったその顔を見て目を丸くした。

 肩のところで切り揃えたストレートの黒髪に、白くて柔らかそうな頬と少し丸みを帯びたあごの輪郭。小さな鼻と薄い唇。そしてつぶらと形容できそうな大きな瞳。

 見慣れた幼馴染の顔だが、今日は明らかにいつもと違っていた。両目の周りが赤く腫れ上がり、目の下には濃い隈ができている。どう見ても、散々に泣いたあとのようだ。

「アスカ、お前、どうしたんだ?」

「え、何が?」

 オレが尋ねると、アスカは笑い顔を作って軽く首を傾げてみせた。まるで、何でもないよ、とでも言うように。くしも通していないのだろう、ところどころ跳ねた柔らかい髪が、はらりと揺れる。

「何が、じゃねーだろ。その顔」

「あ……うん」

 オレの問いに口ごもってうつむいてしまったアスカを元気付けようと、オレは努めて明るい声を出した。

「ははーん、さては、失恋でもしたか?」

 対するアスカの答えは――沈黙。

 小さくうつむいたまま、スカートの裾をぎゅっと握って、唇を噛む。

「あ……その、わりぃ」

――オレって最悪。なんて無神経。

 自己嫌悪に陥って、思わずため息をつく。

「何よ、変な気使わないでよ。タカアキらしくもない」

 オレの背中をポンと叩いて、アスカが強がった声を出す。その仕草にも、いつもの元気なアスカの勢いはない。

「別にさ、告白してふられたとか、そういうんじゃないんだよ? ただあこがれてただけ。失恋どころか、恋にもなってなかったんだから」

 自分に言い聞かせるように、まくしたてるアスカ。少しだけ震えた、時折裏返る声が明らかに不自然で、アスカが強がっているのがよくわかった。

「そっか」

 何か気の効いたことを言ってやりたかったのに、オレが言えたのはそれだけ。こんな時、自分の不器用さを呪いたくなる。

「早く学校行かないと遅刻しちゃうよ」

 ぎこちなく左手首の時計に目を落として、アスカがくるりとオレに背を向ける。反射的にオレも自分の時計に目をやるが、まだ時間にはだいぶ余裕があった。

「……ああ、そうだな」

 足早に歩きはじめたアスカの背中を追いかけるように、オレも重い足取りで歩き出した。


 いつもより速いスピードで、黙々と歩くアスカ。その斜め後ろを、やはり黙って歩くオレ。気まずい沈黙が、二人の間にわだかまっていた。

「あ、」

 沈黙に耐え切れなくなって、オレは思わず声を上げた。

 アスカが、無言のままオレの方に振り向く。

 オレは慌てて、道の脇に立つ店を指差した。

「あ、ああ! こんなところに新しいカラオケボックスができたんだな」

「……あ、ホントだ。前はここ、喫茶店だったよね」

 オレの言葉に付き合って相槌を打ったアスカの声に、やっぱりいつもの元気はない。

「そ、そうだ! なぁ、アスカ、今からカラオケ行こーぜ! 最近、サムエルの新曲が入ったんだぜ。久しぶりにオレの美声を聞かせてやるよ」

 唐突なオレの言葉に、アスカが怪訝な顔をする。

「何言ってんの、タカアキ? これから学校でしょ?」

「いーんだよ。今日は休日!」

「休日って……いったい何の休日よ?」

「何のって、ええと……そう、失恋記念日!」

 オレの言葉で、みるみるアスカの眉間に皺が寄る。

――やべっ、禁句だったか?

 オレが反射的に首をすくめると、険しい顔をしていたアスカが、ぷっと吹き出した。

「そっかぁ。そういえば今日は失恋記念日だった。それじゃあ、学校はお休みだねー」

 底抜けに明るい声で言って、オレにびしっ、と人差し指を突きつける。

「もちろん、カラオケ代はタカアキのおごりだよね?」

「おうよ、もちろんだ。今オレは、バイト代が入ったばっかりで、すげー金持ちなんだぜ」

 言いながらポケットに手を入れて、手探りで財布の中身を確かめる。指先に当たった感触は、紙幣が三枚。もちろん、千円札。

 まぁ、何とか足りるだろう……たぶん。


「あー、歌いすぎて声がガラガラ」

 本当にガラガラな声でそう言って、アスカがカラオケボックスのソファーにぽふんっと身を預けた。

「うっわー、ホントきたねー声」

「何だよ、そういうタカアキだって、ひどい声じゃん」

 びしっと言い返されて、オレは思わず言葉に詰まる。確かにオレの自慢の喉も、さすがに六時間もぶっ続けで歌ってはそろそろ限界気味だった。

 おとなしくマイクを置いて、アスカの隣に腰掛ける。

「平日の昼間っからカラオケなんて、なんか不良になった気分」

「平日じゃねぇよ、休日。今日は失恋記念日だろ?」

 おどけて言ったオレの頭を、アスカがバシッと殴った。凶器は、カラオケの曲目が載った分厚い本。

 アスカは本気で怒ったふりをしているが、オレはだまされない。目が笑ってるからな。

 ニヤニヤと笑ったままのオレに、観念したアスカがフッと息を吐いて表情をゆるめる。

「だからさ、失恋なんてもんじゃないんだって。部活のセンパイで、ちょっとかっこいいなって思ってただけ。昨日学校の帰り道にたまたま会って浮かれてたら、彼女が来て、手つないで行っちゃったの」

「何だよ、それ。本当に失恋でも何でもないじゃねーか」

「だから! 最初からそう言ってるじゃん!」

 顔を真っ赤にしたアスカが、オレの背中をバシバシと叩く。いつもどおりの、手加減なしの叩き方だ。

「わかった! わかったから叩くな! 痛いっつーの!」

 本気で痛がるオレを見て、アスカが声を上げて笑う。オレもつられて笑う。作り笑いじゃない、正真正銘の笑顔だ。

 ひとしきり笑ったあと、アスカが親指を立てた右手を、オレに向かって突き出す。

「サンキュ、タカアキ」

 胸を張って言う。オレも真似して右手の親指を立ててみせる。

「おぅ」

 目が合ったアスカが少しだけ照れくさそうに、微笑んだ。


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