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ケータイ世代の手紙

テーマは「手紙」。

 携帯が壊れた。朝起きてメールの確認をして、その後に顔を洗おうとしたときに誤って流し台に落としてしまったのだ。

「あぁ、ついてねぇなぁ」

 ため息をつきながら、タカアキはぼやいた。

 三世代前の旧式の機種とはいえ、まだまだ十分に使えたのだ。携帯電話も安くないから、タカアキの薄っぺらい財布には、痛い出費だ。

 それに、今日学校から帰ってきたらショップに行って修理してもらうとしても、1日携帯を使えないというのはそれだけでも結構不便だ。いや、本当は大して不便ではないのかもしれないが、携帯が使えないというだけで、気分的に不安になる。タカアキは紛れも無く「ケータイ世代」なのだ。

「あ~あ、ったく。朝から嫌な気分だな」

 タカアキはそう吐き捨てると、通学バッグを肩に掛け、あくびをかみ殺しながら家を出た。

「よっ! 今日もいい天気だねぇ」

 タカアキの背中で少女の声がした。晴れないタカアキの気分をよそに、その声は底抜けに明るく、能天気だ。

「アスカ、てめーの頭ん中は年中快晴なのかよ」

「もちろん! 雨の日より晴れの日のほうが気分がいいじゃないか。頭ん中年中じめじめしてるタカアキとは違うのだよ」

 そう言ってアスカは、両手を腰に当てて胸を張って見せた。

「悪かったな、じめじめしてて」

「おっと、今日は特別に機嫌が悪いみたいだね。なんかあったの?」

 くるりとタカアキの後ろを通り抜けて、その顔を覗き込んだアスカに、タカアキは決まり悪げに眼をそらした。

「別に。なんでもねぇよ」

「はっはっは。その顔は図星だな。誤魔化したって無駄さ。タカアキのことくらい、あたしには全てお見通しだ!」

「……」

その顔に、ビッと人差し指を突きつけられてタカアキが憮然とした表情になる。

「で、何があったのかこのアスカ様に話してみたまえ」

「携帯壊れた」

 得意げな表情のアスカに観念したのか、それともこれ以上アスカが騒ぎ続けるのがうっとうしかったのか、タカアキが仏頂面のまま答えた。それに対し、アスカは一瞬きょとん、とした顔になるが、すぐに満面の笑みを浮かべてタカアキの背中をバシバシと叩いた。

「なんだそんなことか。気にすることはない。どうせタカアキの携帯に連絡する酔狂な人間なんて、このあたしくらいしかいやしないんだからさ!」

「なっ、お前!」

 振り返ったタカアキに、アスカが勝ち誇った笑みを向けた。

「それじゃあ、あたし以外に誰から連絡が来るっていうのさ?」

「う、それは……」

 両手を腰に当ててふんぞり返るアスカの言葉に、タカアキは口ごもった。確かに、彼の携帯電話の履歴のほとんどは、アスカの名前で埋め尽くされている。その内容は、実に他愛もないメールのやり取りだ。

「ふふっ、やっぱりね~。タカアキってばさーみしー」

 ニタァ~と唇をめくりあげて笑うアスカに、タカアキは憮然として背を向けた。その背中に、アスカが声をかける。

「ま、そういうことだからさ。あたしが壊れたこと知ってれば問題ないでしょ。それとも、何? あたしからのメールがないとタカアキ君は寂しいのかなぁ?」

「バカなこと言ってると置いてくぞ」

 言いながら、タカアキはすでに歩き出していた。腕を組んでうんうんと一人うなずいていたアスカが、あわててその後を追った。

「あ、こら、待ってよ~」


 次の日、アスカは学校を休んだ。どうやら風邪らしい。

「バカは風邪引かないっての、あれ嘘なんだな」

 タカアキは、学校からの帰りの道を歩きながら、そんなことを呟いた。

 自分の家にたどり着き、玄関で靴を脱いで二階の自分の部屋に向かう。

 ベッドの上に鞄を放り出したタカアキは、カーペットの上に胡坐をかいて座り、腕を組んだ。

「さて、どうしたもんかな」

 彼の視線の先には、高校の担任から渡された、プリントが一枚置かれている。校舎の工事の関係で、明日の授業の開始時刻が遅くなる、というお知らせだ。アスカの家の隣に住んでいるタカアキは、この件に関してアスカに伝えるよう、担任から頼まれていた。担任いわく、「もし明日間違って早く来ちゃったりしたらかわいそうだから、ちゃんと伝えてね」だそうだ。

「単にプリントをポストに入れとく、ってわけにはいかないよなぁ」

 プリント自体は単なる地味なコピー紙だから、もしかしたらチラシか何かと間違って捨ててしまうかもしれない。それでアスカが明日早く学校に行ったりしたら、タカアキが非難されるのは間違いない。

「かといって、電話したり、インターホン押したりするのは、仮にも病気なんだし悪いよなぁ」

 アスカの家は共働きだから、おそらく今日はアスカは一人で家で寝込んでいるのだろう。それ自体少し心配ではあるが、まさかタカアキが家に行って看病するわけにもいくまい。となると、起こしたりしないで、寝かしておいてあげたほうがいいだろう。

「メールができれば、話は早いんだけど……」

 タカアキは、机の上に無造作に置かれた、壊れた携帯電話を恨めしそうに見つめた。

「ふぅ。しょうがない。手紙書いて入れとくか」

 タカアキはそう呟くと、机に向かった。引き出しを開けて、飾り気のない茶封筒と、レポート用紙を取り出す。

 手紙書くなんて、何年ぶりだろう。そんなことを思いながら、タカアキはボールペンを走らせた。


 翌朝。いつもより一時間遅い時刻に家を出たタカアキを、すっかり元気になったアスカが待っていた。

「おぅ、アスカ。具合はもういいのか?」

「うん。ばっちり。やっぱりいっぱい食べていっぱい寝たのが良かったみたい」

 アスカはそういって、親指を立てて見せた。顔色もいいし、確かに元気なようだ。

「そうそう、昨日は手紙ありがと」

「ん? あ、ああ」

 アスカの言葉に、タカアキは少し決まりが悪そうに顔をそらした。そんなタカアキを見て、アスカがニヤリと笑う。

「タカアキってほんとに字が汚いんだね~。解読するのにだいぶ手間取ってしまったよ」

 けらけらと笑うアスカに、タカアキは仏頂面になった。

「わ、わるかったな! ってか、せっかく書いてやったのにそういう言い方……」

「でも」

 ぶつぶつと呟くタカアキを遮って、アスカがポツリと言った。

「?」

「でも、ちょっと嬉しかったよ。やっぱり直筆の手紙って、なんかいいね」

 そう言って、アスカははにかんだように微笑んだ。

「そ、そうか?」

 思いがけないアスカの言葉に、タカアキが照れたように視線をそらした。その頬が、心なしか赤くなっている。

 そんなタカアキに、アスカが明るい笑い声を投げかけた。

「ま、漢字の間違いだらけだったけどね~。タカアキってば、小学生の頃から漢字できないんだから!」

 そう言って、笑いながら走っていくアスカ。タカアキが顔を真っ赤にしながら、それを追いかけた。

「な、アスカお前! 待てこのやろ~!」

 午前中の優しい日差しを浴びたアスファルトの道路を、二人の声が駆け抜けていった。

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