海を見に行こう!
ゆずの「夏色」という曲をモチーフにしています。
お題は「海」。
「……ごめんなさい!」
夏休みに彼女いないと淋しーぜ、っていう悪友の言葉に唆されて一学期の終業式の日にオレが告白した相手、B組のミズノイズミは、オレに向かってぺこりと頭を下げると、オレと目を合わせないまま廊下を走っていった。さらば、オレの片想い。
矢田亜希子似のおっきな目が好みだったのにな。最後くらい見せてくれたっていいじゃんか。
オレが未練がましくそんなことを思っていると、背後から声をかけられた。
「タカアキってば、まただめだったんだー。連続フラレ記録5回目おめでとー」
失恋に胸を痛めているオレのナイーブな心をえぐる、うれしそうな高い声。オレが振り向くと、廊下の曲がり角からサクライアスカがひょっこりと顔を出した。
「アスカ、てめー覗いてたのかよ」
「そいつは誤解だね。あたしはたまたま通りがかっただけだ!」
「あっそ」
腰に手を当てて胸を張るアスカを無視して、オレはバッグを肩に担いでくるりと背を向けた。そのまま自転車置き場に向かって歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよタカアキ」
後ろから、アスカがあわてて追いかけてくる。オレは振り返りもしないで後ろに向かって声をかけた。
「何か用かよ」
追いついたアスカがオレの顔を覗き込む。
「自転車で来たんでしょ? 後ろ乗せてってよ」
「自分のはどうしたんだよ」
アスカもオレと同じで自転車通学だったはずだ。
「こないだパンクしちゃって。今修理中。今日はこの暑い中歩いてきたんだから」
アスカがうんざりとした口調で言う。今日はよく晴れて、太陽がじりじりとアスファルトの道路を灼いていた。
「何でオレがわざわざお前を乗せてやんなきゃいけないんだよ」
「帰り道同じなんだからいいじゃん」
アスカがオレの背中をぽんと叩きながら言った。確かにオレとアスカの家は隣同士だから、帰り道はまったく同じだ。
「……あ、そうだ」
不意にアスカが、いたずらを思いついたようにニンマリと笑った。
「な、なんだよ」
「海に寄っていこうよ。このサクライアスカ様が、付き合ってあ・げ・る☆」
「は? どうしてそういうことになるんだよ」
わけがわからない、という顔をしたオレに、アスカはマンガみたいに人差し指を一本立てて、左右に振って見せた。
「ちっちっち。わかってないなぁ。あたしは、タカアキが失恋のショックを癒すために海に向かってバカヤローと叫びに行くのに付き合ってやろうといっているのだよ」
したり顔のアスカに、オレは憮然としてため息をついた。
「勝手にしろ」
「ひゃっほうー!」
オレの後ろで自転車にまたがりながら、アスカがおかしな声を出した。
「振り落とされんなよ」
そう言いながらオレは、ペダルを踏む足に力を込めてスピードを上げる。
オレたちを乗せた自転車が、長い下り坂を風を切って駆け抜けていく。
学校から海まで、自転車を飛ばして30分ほど。学校は高台にあるから、海まではほとんど下り坂だ。自転車で飛ばすと風がめちゃくちゃ気持ちいい。……まあ、帰りは上り坂なんだけど。
しばらく下り坂を疾走して、数少ない上り坂に差しかかった。この坂を上りきれば、海が見えるはずだ。傾き始めた太陽に照らされた黒いアスファルトの道路が湯気を上げている。
「上りだ。しっかりつかまってろよ」
「らじゃー」
背中のアスカに声をかけて、オレはサドルから尻を浮かせた。立ち漕ぎで、一気に坂を駆け上がるためだ。
アスカの手のひらがオレの肩をぎゅっとつかむのを確認して、オレは足に力を込めた。
「おりゃあーっ!」
「おお、速い速ーい」
背中越しにアスカの歓声が聞こえる。上り坂の重力が足に掛かるのもかまわず、オレは力任せにペダルを踏み続けた。
坂を上りきった。
オレたちの目の前に、一面の海が広がっていた。潮騒の音も聞こえてくる。
雲ひとつない空の下で、オレンジ色になり始めた陽の光を浴びた海は、いつもよりずっと綺麗に見えた。
「おお、すげー」
「……綺麗だね」
歓声を上げて自転車を止めたオレの後ろで、アスカがぽつりと呟く。
その声がやけに大人っぽくて、オレは思わず振り返った。
魅入られたようにオレンジ色の海を見つめて目を輝かせるアスカの横顔を、夕陽が照らしていた。
「……ああ、綺麗だな」
波の音が響いていた。
不覚にも高鳴ったオレの心臓の音は、波の音にかき消されてアスカの耳には届かなかったはずだ。