1話:もしかして俺が魔王?
突発ネタ!
「魔王……許せないな」
金髪碧眼の青年――勇者マルスが、丘から燃える村を見下ろしてそう呟いた。聖剣カロンの柄に血が滲むほど、強く握り締めている。
「私達が倒しましょう、必ず。神よ……どうか迷える仔羊を天にお導きください」
聖衣を纏った銀髪の少女――聖女ユリアがメイスを握り締めて、祈りを捧げた。その目から透明な涙が流れている。
「魔王軍……許せん」
動きやすそうな道着を纏う、黒髪の男――拳聖ダンガンが、両手に装着した手甲を胸の前で打ち鳴らして、怒りを発した。
「……」
そんな三人の後ろに立っている長い赤毛の青年――魔術師ガノスは何も言わず目を瞑っていた。
とある事故により記憶を失ったせいで、感情の表現の仕方が良く分からないのだ。
「僕達で魔王を倒そう。ユリア、聖教会一の神聖力を持つ君の力がなければこの旅は成立しない。ダンガン、君の強さ、そして各地を武者修行した経験によって得られた旅の知識は、僕らにとって不可欠だ。そしてガノス……君と出会ってまだ短いけど……僕は誰よりも君を信頼しているんだ。親友である君の超魔術があるからこそ、僕は安心して背中を任せられる」
マルスがそれぞれの目をまっすぐに見つめてそう言った。特に、マルスはガノスに対して力強く頷いた。
ガノスも頷き返す。
彼は、魔王の領域である魔界にほど近い場所で、記憶を失うほどの怪我を負い、死にそうになっていたところをマルスに救われた。ゆえに、この命をマルスの為に投げ出すことも躊躇わないほどに、恩義を感じていた。
だから、彼は言葉を返さない。
二人の間に、言葉は不要だと分かっているからだ。
「行こう。魔王を、魔王軍を、倒そう」
勇者がそう決意したと同時に、村から何かが飛来してくる。
ユリアが鋭い声を発した。
「マルス! あれは何でしょうか!?」
それは黒い皮膚で、背中に翼、尻に尻尾が生えた人型の魔物――デーモンだった。デーモンは魔王軍において一般兵士のような存在であり、マルス達も何度も交戦してきた相手である。
だがこの個体は大きさが一回りほど大きく、更に頭部には王冠のような角が生えていた。
手には曲がりくねった刃を持つ、血塗られた大剣が握られている。
「ゲゲゲ! まんまと釣られたな勇者よ! デーモンキングの俺様自らの手で殺してやろう!」
「デーモンキング!! 魔王軍の幹部クラスの魔物ですよマルス様!」
ユリアがそう叫ぶと同時にメイスを向けた。
ダンガンが拳を、マルスが剣を、静かに構えた。
ガノスも持っていた杖をデーモンキングに向けようとした途端、頭に激痛が走った。
「くっ……」
ガノスは思わずその場に膝をついてしまう
「どうしたガノス!? くそ、不可視の攻撃か!? ユリア、回復を! ダンガン、俺達で時間を稼ぐ!」
「はい!」
「承知」
ガノスはなぜか三人の声が遠くに聞こえた。
それよりも脳裏に浮かぶのは――なぜかデーモンキングと温泉に入っている記憶だった。
『いやあ、流石魔王様っすね……温泉入りたいって言ったら炎魔術で火山召喚して温泉街作っちゃうんですもん。マジリスペクトっすわ』
『あ、魔王様、背中流しましょうか? しかし魔王様、魔術の使い手のくせにめっちゃ良い筋肉付いてますね……羨ましいっす』
『魔王様……俺、今度の勇者の村焼きの任務から帰ったら……デモ美にプロポーズするんすよ。覚えてます? 魔王様が背中押してくれたおかげで、付き合えるようになったあのデモ美ですよ』
ガノスが記憶から意識を戻し、目を見開いた。
そして、襲いかかろうとするデーモンキングと目が合ってしまう。
すると、デーモンキングはキョトンとした表情を浮かべた。
「……あれ? なんでこんなところにいるんすか、魔お」
「で、【デモニックウェイブ】!!」
咄嗟に、ガノスは右手から魔術を発動。
「ぎゃああああああなんでええええええ!?」
ガノスの放った闇魔術の黒い波動がデーモンキングを跡形もなく消し飛ばした。
「……流石だなガノス! まさか弱った振りしておびき寄せて、ゼロ距離魔術で倒すなんて!」
「ガノス様……素敵です」
「お見事」
三人の賞賛を浴びてなお、ガノスは顔を引き攣らせたまま、立ち尽くしたのだった。
いや、そんな訳がない。
そう何度思っても――蘇ってきた記憶は嘘を付かない。
あのデーモンキングが最後にこちらへと向けた眼差しは間違いなく……親しい相手に向けたものだ。
とっさに殺してしまったが、間違いなく自分を見て、魔王と呼ぼうとしていた。
良く考えてみれば怪しい点はいっぱいあった。
自分が記憶を失っていた場所も魔界に近い場所だ。そして短い期間ながら人間界を旅しても、誰も知り合いに出会わなかった。それに人間離れした魔力に魔術。
更に魔王はその正体も姿も、全て謎に包まれている。
ガノスもこの時ばかりは明晰な自分の頭脳が恨めしかった。信じたくない結論を、自分はそうだと納得しかけていたからだ。
もしかしたら……俺が魔王かもしれない。
「ははは……」
乾いた笑いしか出ない。
当然だが、そんなことを――マルス達に言えるわけがなかった。
こうして、勇者マルスとその正体をひた隠す魔王ガノスの旅が始まったのだった。
ガノス君、真実に気付く