その7
あの騒ぎの後、わたしとモリエちゃんは、警備部の車で図書艦に戻ってきた。アルフレートさんは、どこか(たぶん、作戦本部みたいなところ。『急な用』って言ってたのは、今回の作戦のことだったのだろう)から駆けつけたレッシェンさんや市庁の人たちと、市庁舎へ帰っていった。別れるとき手を振っていたから、体は大丈夫なようだったが……。
「アルフレートさんなら、明日――もう、今日か? 君たちが選んだ本を届けに来てくれるそうだ。
さっき、レッシェンさんから連絡があったよ。君たちに感謝していた。窃盗団やリュードビア・コーポレーションの連中の身柄は、市警が拘束しているが、いずれは宙域保安隊に引き渡されるようだ。
さあ、もうこの話は終わり! 全員自室に戻って就寝!」
館長は「お休み!」の言葉を付け足し、わたしとドウガシマさんを館長室から追い出した。
長い長い長―い一日が、ようやく終わろうとしていた。
そして、翌日。
昼前に、アルフレートさんが、昨日のワゴン車を運転して、図書艦へやってきた。意外と元気そうだ。
わたしたちが乗るはずだった座席に、残りの資料とレッシェンさんを乗せて。
乗下船口で出迎えると、麦藁色の髪をかき上げながら、いつも以上に爽やかに挨拶してきた。
「おはようございます。シモキタさん、資料をお持ちしましたよ!」
いつの間にか集まった乗組員達が、どんどん資料を運び出し倉庫へ運んでいく。誰にも頼んだ覚えはないのだ
けれど……。何をどの程度知っているのかわからないが、「大変でしたねえ」とか言いながら、アルフレートさんの肩に触っている人もいる。そして、アルフレートさんは、そういう人たち全てに笑顔で応じている。
作業が終わったところで、レッシェンさんとアルフレートさんを、図書艦の一番上にある展望応接室へ案内した。賓客用の特別な応接室だが、館長からここを使うように言われたのだ。静かにゆっくり話ができるからと。
館長によると、レッシェンさんは、わたしとモリエちゃんに特別な話があるのだそうだ。
大きな一枚板のテーブル、豪奢な布のソファ、窓には本物のレースのカーテン。確かにここは特別な部屋だ。
お茶の支度も調えられている。ホテル・ウォルレッツォ・ティーには及ばないが、それなりの高級茶だ。
お菓子は、ああ……、いつものトプカピ堂のドーナツ。トレイにどっさりと!
ソファに腰を下ろすとすぐに、レッシェンさんが話を始めた。
「昨日は、本当に、ご協力ありがとうございました。お二人にはご迷惑をかけましたが、窃盗団を捕まえることが出来ましたし、リュードビア・コーポレーションも、今回の件への関与は否定できないと思います。もう、罪を免れることはないでしょう。これからは、安心して引っ越し作業を進められます。
また、地下書庫の資料をたくさん預かっていただけることになり、ニューアレキサンドリア号には、いくら感謝しても感謝しきれません。
今日は、実は、もう一つ、お願いがあって来たのです。この上に、厚かましいとは存じますが」
もう一つ、お願い。何だろう? わたしは、モリエちゃんと顔を見合わせた。モリエちゃんも首を傾げている。
「アルフレートのことです。アルフレートを協議会本部まで送っていただきたいのです。もし、可能なら本部での用事が済んだ後は、見習いとしてお二人の下で、児童室の司書の修業をさせてやってください。
もう、お気づきかもしれませんが、アルフレートは、最新鋭の自立型二足歩行ロボットなんです。」
「えっ? えっ! ええーっ!!!」
だめだ、だめだ! 脳みそも心臓も、この状況についていけてなーい! 何をおっしゃるんですか、レッシェンさん! 落ち着こう、落ち着こう……。撃たれても無傷だったよね……。なんか、機械音と共に目を開けて……。暗闇でも、見えているような動きしてたし……。そして、VR俳優のような完璧な容姿……。まだ無理です……
心の整理は……。
「あのう、もっと、詳しく教えていただけますか? 一切の隠し事はなし、ということで。」
モリエちゃんは、もうショックから立ち直っている。真実を求めるまっすぐな視線をレッシェンさんに向けている。ごめん、言葉が出ないわたしの代わりに、全部聞き出してください! 頼むね!
「わかりました。あなた方には、全てお話しします。少し長くなりますが……。
こう見えてもアルフレートには、大変優れた大容量のデータベースが搭載されています。製造元を明確にすることは控えますが、様々なオプションを付けた特注品です。
じつは、古代ペルフトリリア語は、まだあまり解読がすすんでいないのです。引っ越しにあたり古代ペルフトリリア語で書かれた資料については、アルフレートにすべてのデータを収めました。協議会本部や本部付属図書館のデータベースにアクセスし、各地の古代語のデータと照合することができれば、もしかしたら解読ができるかもしれません。
それが、アルフレートを協議会本部に届けていただきたい理由です。協議会本部には、オノワキ館長が連絡し、許可を取ってくださいました。
もう一つ、司書としての修業ですが、一昨日、地下書庫で、シモキタさんが話してくださいましたよね。
自分たちの故郷に誇りをもって生きていくために、子どもたちに本を残しておいてあげたいと……。
その通りだと思いました。もし、アルフレートが、お二人が選んでくださった資料の内容を自身に取り込んで、将来、子どもたちと本とのつなぎ役になってくれたら――と思いました。
いつになったら実現できるのか、それはわかりません。でも、アルフレートにはいくらでも時間がありますからね。いつの日か良い司書となれるよう、お二人にアルフレートを育てていただきたいのです」
レッシェンさんの話に頷きながら、やさしく微笑むアルフレートさん。わたしたちの方に向き直り、
「よろしくお願いします」
と、右手を差し出してきた。慌ててこちらも手を出そうとする。いや、これじゃあ、その話、引き受けましたってことになってしまうよね。モリエちゃん? 意見をきこうとしたら、モリエちゃんは、すでに両手をアルフレートさんに差し出し固く握手している! おわわわ……。ほっとしたような顔で、レッシェンさんが続けた。
「アルフレートは、材料さえ与えれば、自分の中で適切な形でエネルギー変換をし、自らの活動に利用することができます。食物でも熱でも電気でも取り込む機能を備えています。場合によっては、自ら何らかの運動をすることでエネルギーを作り出すことも出来ます。ですから、ここに置いていただいても、多額の経費がかかることはないと思います。もちろん、報酬も求めません」
それは、館長は喜ぶだろうね。文句も言わず、不眠不休かつ無給で働いてくれるはずだから、嬉しさのあまり飛び跳ねてしまうかもね。館長にとって理想の乗組員だもの。
「シモキタさんが扱い易いように、昨日こちらにお迎えに伺う前に、アルフレートのプログラムを少し変更しました。基本的にロボットは、人間に危害を加えることは出来ません。ですが、アルフレートはシモキタさんの安全を最重視します。シモキタさんに危険が及ぶと判断すれば、身を挺して保護するのは当然ですが、危険度が高ければ危害を加えようとする者が人間であっても、攻撃的な行動に出る場合があります。もちろん、シモキタさんが制止すれば、攻撃的な行動は中止します。暴走することは……ない、と思います」
レッシェンさんは、アルフレートさんを残して、自分でワゴン車を運転し市庁舎へ帰っていった。
アルフレートさんは、いつまでも手を振って見送っていた。レッシェンさんの気持ちを分析して、相手が最も心地よく感じる行動を選択しているんだろうなぁ。きっと、わたしたちへの笑顔だってそうなんだ……。
でも、あんまり考えすぎるのはよそう。万年人手不足の児童室に、心強い戦力が増えたと思えば嬉しいもの。
その日の夜、館長から全乗組員に発表があった。特別乗組員として、アルフレート・レッシェン司書補を、児童室に配属すると。レッシェンさんの弟という紹介だった。
彼が人間ではないことは、しばらくは一部の乗組員だけの秘密ということになっている。
彼には、ペルフトリリア星の歴史や秘密が詰まっている。ある意味、彼こそが貴重な資料でお宝なのだ。
窃盗団に目を付けられても困るからね。しばらくは、平凡な一乗組員として扱おうということだ。
そして、いよいよペルフトリリア星を出発する日。
レッシェンさんをはじめとする市庁舎の人々、来週この星を去るという、ベンヴェンヌータさんの一家をはじめとする付近の集落の人たち、警備部とタッグを組んだ市警の人たちなどなど、思っていたよりたくさんの人がお別れに来てくれた。
思えば、ここに着陸した日は、引っ越し準備もだけど、窃盗団や買い取り屋の捕縛作戦が進行中でみんな忙しかったのだろうね。
今回の事件をきっかけに、ペルフトリリア星への彗星衝突は、星間連合全体に正式に知らされることになった。そして、住民の移住後も、衝突直前まで、宙域保安隊や軍の辺境専門部隊が、周回軌道上に常駐し、監視することが決まったそうだ。
ゆっくりと上昇するニューアレキサンドリア号。美しいこの星の夏の景色に別れを告げる。
「さよなら……。ペルフトリリア。」
ケホッケホ、ンンン……。また、いつもの咳払い……。隣に現れたのは館長……。
「そんなにセンチメンタルになるな。大丈夫だよ。彗星がまともにぶつかる確率は決して高くない。
せいぜい、大気をかすめていくぐらいだろうさ。まあ、それでも、大きな影響は受けるだろうが……。
でも、きっと、また戻ってこられる。そして、もっと豊かで美しい星になるさ!
そのときは、案内してくれよ! 博物館とホテルをつなぐ『隠し通路』! 面白そうだよな。
大昔、あの辺りに宮殿があった時代のものだって話だ。高貴な人々が、密会とかに使っていたんだろうなあ。そういう場所に二人で……、痛っ! なっ、何だよ!」
冷酷な目つきをしたアルフレートさんが、館長の肩を掴んで押しのけ、わたしたちの間へ割り込んできた。
「シモキタさん、気をつけてください! 館長は、邪心を抱いていますから。近づき過ぎてはいけません!」
「おい……! どういう意味だよ! 館長に対して、そういう物言いはないだろうが!」
「わたしは、彼女に不快感を与えたり、嫌悪感を抱かせたりするかもしれない事象を見逃しません。
たとえ、あなたが館長であっても、その原則は変わりません! 余計なことは言わず離れてください!」
「館長を何だと思っている! 組織ではな、上下関係を大切にして、自分の立場というものを……痛!」
わたしは、二人(いや、一人と一台?)を残しそっとその場を離れる。
お二方ともお気の済むまでどうぞ。でも、わたしはそろそろ児童室に戻ります。
そうそう、廊下のポスターもよく見ましょうね。ここは、「笑顔の花咲く移動図書艦」なんですよ。
アルフレートさんがロボットであることを意識するために、敢えてロボットっぽく、「アル」とでも呼んだ方がいいのかもしれない。むきになって彼と言い争っている館長を見て、そう思った。相手は機械なんですよ!
彼は、レッシェンさんの姓をもらったせいか、何だか堂々としてきた。人工知能の進化を間近に観察できるというのは、なかなか面白そうだ。これからは、宇宙の長旅も退屈しないですむかもしれない。
ペルフトリリアの大地を雲が覆う。これが見納めだ。
お借りしていきますよ! 大切な資料もアルもね……。
きっと、いつの日か、またこの星へ ――。
借りた資料は 必ず返しに来ます!
― おしまい -
※この物語を見つけてくださった方、最後までお読みくださった方、ありがとうございました。
第3話も書き終えていますので、そのうち投稿します。