その4
図書艦に到着すると、艦内に残っていた人達が集合し、わたしたちを手伝ってくれた。返却された貸し出し用端末を降ろして、児童室の分と一般閲覧室の分を仕分けし、それぞれの部屋へ運んだ。
片づけながら、一般閲覧室のカウンター担当を引き受けていたヤナガワ主幹司書に聞くと、今日も、利用者は異常に少なく、10人に満たなかったということだった。町の静けさを考えれば当然のことだと思う。
そして、いつもの館長室。
アンザイさんとわたしで、回収作業の報告に来た。モリエちゃんも来たそうだったけど、また館長の前で熱弁を振るわれても、話がややこしくなりそうなので、児童室の片付けをお願いした。アンザイさんは、館長室のドアの前で、わたしにロゲッタ・ナッツのドロップクッキーの袋を差し出しながら言った。
「これがあった方が、館長を堕としやすいと思うわよ」
なあんだ! アンザイさんもわたしの考えに賛成なんじゃない。そうだよね。司書はみんな同じ気持ちだよね。素晴らしい資料が、宇宙の塵になるかもしれないのに放っておけますか? 何とか助けてあげたいじゃない。
インターフォンで名前を告げると、「入れ」との指示。アンザイさん、わたしの順番で館長室へ入る。
あれ? 館長室のテーブルの上に、トプカピ堂のドーナツを盛ったトレイが。これって、いい兆候かもしれない。ソファに座った館長もなんとなくリラックスしているし、これは話を進めやすいかも。
「あの、館長……。回収作業も資料のチェックも無事に終わりました。未回収のものが若干ありますが、リストを置いてきましたので、図書艦の出発まで、全点回収に向け努力を続けてくださるとのことです。」
いつも通りのクールな口調で、アンザイさんが作業の進捗状況を報告した。すると、館長が、
「ああ、ご苦労だった。今し方、レッシェン局長からも連絡があったよ。
回収した資料の受け取りに行っただけのはずなのに、何だか変な約束をしてきたやつがいたらしいな。」
そう言って、わたしの方をじろりと見る。わたしは、慌てて目線をそらす。レッシェンさん、館長にどこまでどんな風に話したのかなあ? 何から切り出せばいいだろうか?
「まあいい。あちらは、もし、いくらかでも資料を引き受けてくれるなら、大変有り難いとおっしゃっていた。
冊数も選書もこちらに任せるそうだ。それから、所有権の委譲は面倒なので、あくまで、協議会本部への貸与
ということで処理をしてくれるという話だ。
それで、早速、明日の正午、アルフレートさんが迎えに来てくれることになった。申し訳ないので、車はこちらで出すと言ったのだが、運転手のことなどを心配してくれてな。たしかに、休暇をとってピクニックに出かけるやつが多くて艦内は手薄だし、お言葉に甘えることにした。まあ、図書艦の特別書庫はまだかなり空いてるから、好きなだけ借りてこい。以上!」
館長が一人でしゃべり続けて、何にも言わせてもらえなかった。一応、いろいろと考えてきていたのだけれど。どうして、こんなにスムーズにことが運んだのだろう? アンザイさんも不思議そうに館長を見ている。
まあ、こちらとしては願ったり叶ったりの展開となったので、文句はないのだが……。
話は済んだから出ていけというように、わたしたちを追い払う仕草をしていた館長の手が止まった。
あっ、何かに気づいた? こういうときは気をつけないと……。館長は、わたしの手元を見て、
「それ! その手に持っている袋、ロゲッタ・ナッツのドロップクッキーだろう? それは、受け取っておく」
と言うと、素早く手を伸ばし、わたしが持っていたクッキーの袋を奪い取った。そして、
「これは、明日まで大切にとっておかないとな。あした、ホテル・ウォルレッツォ・ティーの茶葉が届いてから、一緒に頂くとしよう。アルフレートさんは、忘れずに持ってきてくれるかなあ?」
と、最後は独り言っぽく呟いた。わたしとアンザイさんは、もごもごと感謝の言葉を述べ、館長室を退出した。
「クッキーより先に、お茶で堕とされていたのね、館長は!」
「レッシェンさん、恐るべしですよ! 市庁の上の人も館長も、あっという間に説得しちゃったんですから」
館長室を出た後、わたしとアンザイさんは、「いや、若くして局長になるような人は違う」とか「ああいう人がいれば、引っ越しもスムーズに進む」とか、レッシェンさんを持ち上げまくった。そして、ちょっと興奮しながらそれぞれの部署に戻った。
児童室では、モリエちゃんが、戻ってきた貸し出し用端末のデータを削除していた。児童室の分は、全て返却が済んでおり、端末を児童室の保管庫へ入れてしまえば、未返却資料の回収作業は完全に終わる。わたしが、館長室での顛末を話してあげると、モリエちゃんには珍しくゲラゲラ笑いながら聞いていた。
「明日だけど、モリエちゃんも一緒に行くわよね? アンザイさんは、明日はカウンター当番を引き受けているから、行かれないって言ってたけれど。」
「いいんですか? もちろんご一緒したいです。選書も任せてもらえたのなら、是非是非行きたいです。」
「じゃあ、決まりね。」
「よろしくお願いします!」
明日のことを考えると、何だかウキウキしてきて、残りの作業もどんどんはかどった。二人とも口にしなかったけれど、アルフレートさんにもう一度会えるということも、わたしたちの気持ちを明るくしてくれていたのかもしれない。
そして、次の日。もうすぐ正午というとき。
食堂から児童室に、ニューアレキサンドリア号特製ランチボックスが四つ届いた。わたしとモリエちゃん、そして、レッシェンさんとアルフレートさんの分まで、昨日のうちにアンザイさんが頼んでおいてくれたそうだ。
ここにもいますよ。できる上司が!
ちょうど同じ頃、なぜか、ドウガシマさんが児童室を訪ねてきた。
「シモキタさん。今日の装備はどうしますか?」
「えっ!?」
今日は、昨日も出かけたリエーディアの市街地へ行くのだし、中央博物館から資料を預かってくるだけで、危険な場所へ近づくという予定はない。昨日より人数は少ないが、アルフレートさんも一緒なんだし、心配しすぎではないだろうか?
「あのう、今日は、特に装備は必要ないんじゃないですか?」
わたしの言葉に、いやいやと首を振りながら、ドウガシマさんが言った。
「念のためです。いや、この前もお話ししましたよね。引っ越し中は、怪しい連中が入り込むことがあると。
用心するに越したことはありません。そうですねえ、書庫内では、火器は使えませんからねえ……。
うん! 小型の閃光筒がいいでしょう。発光後、最初の二秒で、相手の視神経を混乱させます。半径10mの範囲まで効果を発揮します。視覚に依存しない相手だと役に立ちませんが、まあその可能性は低いでしょう。
用いるときは2秒間だけ目をつぶり顔を伏せるか、または、防護グラスを装着してください。相手は、最低15分は動けません。その間に安全を確保してください。3本用意しておきます。あと防護グラスは三つでいいですね」
では、と言って、ドウガシマさんは去って行った。また、安全なんだか、危険なんだかわからない装備を押しつけられてしまった。わかりました、持って行きましょう。それで、警備部の気が済むならば。
正午ちょうどに、アルフレートさんが到着した。なにしろ、老若男女を問わず好かれるタイプだから、艦内全体がざわついている。
「トリスタン・イグニシウス?」とか言ってるそこの若者! それ、違うからね!
アルフレートさんは、まず館長室に挨拶に行き(そして多分、館長に茶葉を渡して)、その後、児童室にわたしたちを迎えに来てくれた。わたしたちの手から、さりげなく例の装備を入れた小さなボディバッグとランチボックスを引き取り、爽やかな笑顔を振りまきながら車まで案内してくれた。
わたしとモリエちゃんは、様々な思いを含んだ熱い視線を浴びながら、アルフレートさんの車に乗り込んだ。
どっさり資料を積んでくる予定なので、やや大型のワゴンタイプの車だ。これならぎりぎり城門を抜け、城郭内に入れるのだろう。
「では、出発します」
「はい。お願いします」
車は、昨日と同じコースで北側の城門へ向かい、まっすぐに中央博物館を目指した。
今日は、一応仕事ではあるが、わくわくすることが待っている。わたしもモリエちゃんも、ちょっとしたドライブ気分で車中の時間を楽しんだ。アルフレートさんは、微笑を浮かべ、二人の会話を黙って聞いていた。
中央博物館の前に到着。
車を降りると、公園の方から聞き慣れた星間連合共用語で話す声がする。誰だろうと思ったら、何のことはない、観光でやってきた図書艦の乗組員たちだった。歴史的な建造物の前で、記念撮影をしている。あれっ? こっちに向かって手を振っているのは、警備部のトドロキさんだ。
トドロキさんは、運搬車を運転して、昨日も町に来たけれど、ずっと城門の外で待っていてくれたのだった。今日は、休暇をもらって、ようやく町並みの見物ができたってわけね。一緒にいる人たちも警備部の仲間だろう。
運転席から出てきた、アルフレートさんがすまなそうに言った。
「今日は、急用があって、市長や局長を始め役所の者は、別の場所に出かけています。
申し訳ないのですが、市庁舎には入れません。昼食は、公園内の四阿で召し上がっていただけますか?
中央博物館の鍵は、わたしが預かっていますので、お食事が終わり次第ご案内します」
「大丈夫ですよ。公園でランチボックスの昼食なんて、ピクニックみたいじゃないですか。
レッシェンさんの分も用意してきたのですが、いらっしゃらないのなら、二つともアルフレートさんが召し上がってください」
わたしの申し出に、アルフレートさんは恐縮しながらも、嬉しそうにランチボックスを受け取ってくれた。
3人で四阿に移動し、楽しい昼食タイムとなった。別の四阿では、トドロキさんたちのグループが、同じランチボックスを開いて食べ始めていた。彼らのランチボックスは、たぶん特注のLLサイズだろう。
ランチボックスの中身は、ハーブ風味の魚の揚げ物、スティック野菜のサラダ、みじん切りにしたピクルスを混ぜ込んだライスボール。どれも手に持って食べられる、ピクニックにぴったりのメニューだ。野菜は、たぶん艦内の栽培場で育てたものだ。
アルフレートさんは、一つ一つの食べ物の説明をわたしたちに求めながらも、どの料理もおいしそうに食べていた。四阿を抜けるそよ風に、麦藁色の前髪が揺れている。眼福、眼福……。
ランチボックスのパッケージを車内に戻し、替わりにボディバッグを取り出して身に付ける。装備については、モリエちゃんには伝えていない。怖がらせてもいけないしね。まあ、お守りみたいなものだし。
アルフレートさんが、昨日レッシェンさんがしたのと同じように、カードキーを使って博物館の通用口を開けてくれた。3人で階段を降りて、地下の書庫へ向かう。