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その2

「お邪魔しまぁす……」


 遠慮がちに挨拶しながら、一般閲覧室に入っていくと、予想以上に静まりかえっていた。

 昼時なので、食堂へ出かけた人も多いのだろう。貸し出しカウンターやレファレンスカウンターには一人ずつしか座っていない。来館者は――誰もいない!

 貸し出しカウンターに背筋をピンと伸ばして座っている、主幹司書のアンザイさんに声をかけてみた。


「今日の来館者数は、どんな感じですか?」


 アンザイさんは、薄紫色のサングラスの奥から、クールな視線をわたしに投げかけながら言った。


「どんなもこんなも、たった4人よ! それに、みんな返却したらさっさと帰ってしまったわよ。

 貸し出しは0冊! だれも、書架さえ覗いていかないのよ。信じられる?」


 それを聞いた、レファレンスカウンター担当の主任司書のクニエダさんが、


「こっちも、ほとんど開店休業状態だよ!

 ベンヴェンヌータさんが声をかけてくれただけ。それも、本のことじゃなくて、お礼の言葉。

 『いつもありがとう。これからも元気で頑張ってちょうだいね』とか言って、ロゲッタ・ナッツ入りの手作りケーキを置いてったよ。ほら、これ」


そう言うと、カウンターの下から、素敵な小花柄の布に包まれた箱を取り出した。

 仄かに漂う、甘く香ばしいロゲッタ・ナッツの香り。食い入るように見つめるわたしの視線に気づいたのか、ケーキをしっかり両手で抱きかかえ、クニエダさんが付け加えた。


「ベンヴェンヌータさんは、研究熱心でさ。いつも、『新しい手作りお菓子の本はないか』って尋ねてくるんだ。

 孫達のために、おやつを作ると言っていたな。本を返しに来るときは、その本を見て作ったお菓子を必ず持ってきてくれていたんだよ。ふだんは、よく笑う元気な人でさ。

 でも今日は、何だか、今生の別れみたいな感じでしんみり話すから、お礼を言うのも忘れちゃったよ」


「で、どうなの? 児童室は?」 


 いつの間にか、クニエダさんの隣の席に移動してきていたアンザイさんが、クールな――ではなく、熱い視線をケーキに送りながら聞いてきた。ここにいる人はみんな、おそらくまだ昼食にありついていないのよね……。


 わたしは、児童室の来館者の様子だけでなく、ホテル・ウォルレッツォの閉館や惑星全体の夜間の照明が以前よりずっと暗くなっていること、移動図書艦を出迎えてくれる人が一人もいなかったことなど、気になっていたあれこれを全部まとめて話した。ついでに、今日は朝から全く館長の姿を見かけていないことも。


「そりゃあ、変だわね。なんといっても、館長を朝から見かけないというのが、一番変!

 あの人の大のお気に入りの星の一つ、ペルフトリリア星に着陸したのよ。いつもなら、通路をスキップで駆け抜け、真っ先に図書艦を降りていたわ。

 そして、何か理由をつけて、さっさと市街地に出かけようとしていた。なのに、今日は全く姿を見せない。

 来館者が異常に少ないことだって、そろそろ気にしていいはずよ。

 普段なら、そういうことに気付いたら、閲覧室に様子を見に来たり、入り口の警備の人に様子を聞きに行ったりしているわよね。どう考えても、異常なことが起きているのだもの。館長として当然原因を突き止めようとするわよね。

 ひょっとして、館長は、この状況の原因を知っているのじゃなくて? でも、それは、あまり公にしたくないことで、質問されても答えたくない。それで、わたしたちとあまり顔を合わせないように、どこかに隠れている――」

「何か知っていても、話したくない。そして、隠れている――ありそうですねえ」


 アンザイさんの意見は、かなり核心を突いているように思える。

 そして、この図書艦で館長を隠してくれるような場所は、あそこしか思いつかない。あそこに乗り込んで、館長を捕まえ、直接疑問をぶつけてみるのがいいだろう。よし!


「アンザイさん、わたし、館長を探して訊いてみます。隠れている場所にも何となく心当たりがあるので、必ず見つけて全部白状させてきます」


 わたしのけっこう過激な宣言を、うんうんと頷きながら聞いていたアンザイさんが言った。


「何かわかったら、こっちにも知らせてね。

 それから、館長を探すのは、昼ご飯を済ませてからにしなさい。食堂はまもなく休憩に入るわよ。あなたの同僚も、昼食を待っているのではなくて?

わたしとクニエダさんには、ロゲッタ・ナッツのケーキがあるから心配ないけど……ね」


 それを聞いたクニエダさんが、ケーキの箱を抱えたまま、派手な音を立てて椅子から転げ落ちた。


 手早く昼食を手に入れ、またまたモリエちゃんに留守番を頼むと、わたしは館長の捜索を開始することにした。

 念のため、児童室から艦内フォンで館長室に連絡をとってみた。OFFになっているようで通じない。しかたないわね。


 そして、今、わたしは、あそこに向かっている。

 図書艦の中で、館長の味方が一番たくさんいる部屋。

 警備室。

 わたしは、警備室の前に立つと、眉間の皺を一層深めながら、インターフォンの前に立った。


「児童室のシモキタです。館長に伺いたいことがあって来ました。館長、ここにいらっしゃいますよね?」

「は? ……ああ……は、……はい!」

 

 インターフォンに出たのは、警備部のトドロキさんという人だ。去年から、ニューアレキサンドリア号に勤務している。まだ、新人君なのだが、たぶん、軍時代の館長の崇拝者で、軍から流れてきた人の一人。真面目過ぎて嘘やごまかしが上手に使えないタイプ。ラッキーなことに、扱いやすい人が出てくれた。

 インターフォンが騒がしい。「バレた!」とか「やっぱ来た!」とか「開けるなよ!」とか「もう無理です」とか、いろいろなやりとりが聞こえてくる。OFFにしてから、話せばいいのに。

 そして、騒乱を鎮めるように、部長のドウガシマさんと思われる落ち着いた声が響いた。


「開けなさい」


 その声とほぼ同時に、警備室のドアが開いた。思い切り背伸びして、目の前のトドロキさんの肩越しに中を覗くと……。いました、いました! 来客用のソファに、苦虫をかみつぶしたような顔で座っている館長が!

 はい! かくれんぼ終了!


「探しましたよ、館長。ペルフトリリア星の様子が、いつもと違うのでみんな心配しています。

 館長は、その理由をご存じなんですよね? そして、何か大切なことをわたしたちに隠していますよねえ?」


 わたしは、館長と向かい合う形で座り、真正面から館長の顔を見据え質問した。白状しなさい、館長!

 館長は、隣に座ったドウガシマさんの方を「どうしようか?」という顔で見て、判断を求めている。

 長いため息をついて、肩をすくめるドウガシマさん。「もう、諦めましょう」というサインのようだ。

 部屋にいた警備部の人たちに、通路に出るように言って、全員閉め出してしまった。あらあら。

 館長は、「しかたないなあ……」とつぶやくと、わたしの方に向き直りこう言った。


「ペルフトリリア星は、確かに特別な状況にある。来館者が少なくても当然といえる。

 実は――、現在、惑星丸ごと引っ越しの真っ最中なんだよ。引っ越し!

 ここの星域に入った後、星庁から連絡が来て初めて知ったよ。吃驚して、何度も聞き直したよ!

 いくら訪問スケジュールが決まっていたからって、図書艦が来たら、迷惑だったよなあ?

 本部は何を考えてんだ? というか、こんな辺境の事情なんて、本部は関心ないんだよな」


 えっ!? 惑星丸ごと引っ越し? 何それ? 聞いたことないし。 


「艦内時間で、約6ヶ月後に、この星に彗星が衝突するそうだ。

 ここは辺境だから、星間連合全体に伝わる広域ニュースとかにはなっていないんだ。

 かなり前からわかっていたことらしいから、少しずつ準備はしていたそうだ。まあ、いよいよその日が近づいてきて、今は、引っ越しが急ピッチで進められているってわけさ」

 

 えっ!? 彗星が衝突? それも6ヶ月後? そりゃ、図書艦どころじゃないわね。


 最大限に目を見開き、口を「あ」と「え」の間ぐらいの形に開き、呆然としているわたしを、面白そうにじろじろ見ながら、館長は話を続けた。


「市民の引っ越しもだいぶ進んでいるらしいが、どうしても、お別れを言いたいっていう、ベンヴェンヌータさんのような集落の人たちが、図書艦を待っていてわざわざ来館してくれたんだ。ありがたいことだよ。

 未返却の資料は、市庁の方で回収してあるから、後で受け取りに行くことになっている。心配はいらない」

「え、で、でも……、そんな大事なことを、どうして……わたしたちに、知らせて……くれないんですか?」


 かさかさになった喉から、ようやく声を絞り出し、やっとこさっとこ質問をした。ケホケホ……。

すると、館長は、少しだけ顔をわたしの方に突き出し、声を潜めて答えた。


「できるだけ通常通り訪問して、引っ越しのことはあまり公にしないでくれと、星庁や市庁から頼まれたんだよ。おしゃべりなやつが、いろいろなところで引っ越しのことを話すと、怪しげな連中の耳にも入ることがあるからな」

「怪しげな連中?」

「いわゆる『買い取り屋』とかですよ」


 黙ってわたしと館長のやりとりを聞いていたドウガシマさんが、やはりささやくような声で付け加えた。


「在住民が惑星を捨てて引っ越すというのは大ごとですが、まあ、例が無いわけじゃありません。

 民族間の争いや惑星の支配層の交替などで、その星を離れなければならなくなるということはあります。

 引っ越しで持ち出せる物には、限りがあります。どうしても、置いていかなくてはならない物もある。そういう物を買い取りに来る業者がいるのです。まあ、それはまだ良くて……。買い取り屋を隠れ蓑にして、窃盗団が入り込むことがあるのです。治安は、どうしても万全ではなくなりますのでね。

 値打ちのある公共物を、窃盗団がどさくさに紛れて掻っ攫っていくなんてことが起こるんです。

 買い取り屋自体は、きちんと営業免許をもらっている正式な業者ですから、着陸許可もおります。営業活動も自由に行えます。窃盗事件が起きても、買い取り屋は必ず無関係を主張します。窃盗団と知らずに雇っていたとか、小型船を盗まれて逃亡に使われたとか、自分たちも被害者だという主張を展開してね。

 そうこうするうちに、引っ越しのタイムリミットもせまり、捜査は途中で終了…。窃盗団は雲隠れ」


 彗星の衝突なんていう大事件の陰で、そんな火事場泥棒みたいなせこいことを考えるヤツがいるんだ。

 世の中、油断も隙もないわね。

 図書艦の乗組員が、そんな大事な情報を外部にうっかりしゃべることはないと思うけれど、用心に超したことはないからね。まあ、できるだけ、秘密にしておきたいと思うのは当然かもしれない。

 館長は、渋々腹を決めたという表情で、ため息を一つつくと、


「君に話してしまったからには、他の乗組員にもきちんと伝えないわけにはいかないよな。星庁や市庁にも、状況を説明して許可をもらおう。着陸中は、話が外部へ漏れる心配も少ないと思う。

 それに、未返却資料の引き取りに、市庁へも出向かなければならないし、休暇を利用して市街へ行きたい者もいるだろうし……。事情を知った上で訪ねる方が、向こうにも余計な気遣いをさせなくて済むだろう。

 今日の夜にでも、乗組員全員に現状を伝える機会を設けよう」


と話を締めくくった。


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