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その1

 ニューアレキサンドリア号は、今、明日着陸するペルフトリリア星の周回軌道を回っている。


 わたしは、シモキタ・リョウ。この宇宙移動図書艦ニューアレキサンドリア号の乗組員兼児童室担当の司書。あっ、最近昇格して主任司書になったのでした。司書歴6年、この図書艦での勤務歴5年。後輩のモリエちゃんと二人で、様々な宙域の子どもたちに読書の楽しさをお届けする日々である。


 でも、今日はお休み。児童室の「休館日」というだけでなく、一切勤務がない日。本当の休日だ。  

 AIさんやロボットさんにお任せできることはお任せして、わたし以外にも、多くの乗組員がのんびりと過ごしている。


 こういう休みの日は、艦内で気分転換するしかないので、ジムで汗を流す人や、最新鋭のVR装置でコンサートや映画を楽しむ人が多い。残念だけど、図書艦の本は借りられない。なにしろ全艦「休館日」だから。わたしも、さっきまで自室で映画を見ていた。今大人気のトリスタン・イグニシウス主演の「エイシャロンに死す」って映画。難解な文芸作品が好きなモリエちゃんのお薦め。正直言って内容はよくわからなくて、イグニシウスの顔ばかり見ていた。モリエちゃんに感想を聞かれたら困るわね……。

 そういえば、ニューニューベリー号のジョシュア・マクブライト司書(正確には、今は主幹司書)って、ちょっとイグニシウスに似ているかも。まあ、イグニシウスって実在しないVR俳優って噂もあるから、万人受けするキャラクターを形にすると、ああいうタイプになるってことなのかもね……。


 通路をぶらぶら散歩しながら窓の外を覗くと、眼下にはペルフトリリア星の森林地帯が広がっている。

 立ち止まり目を閉じて、何度訪ねてもいつも変わらない、光と風と香りに満ちたあの大地を思い出す……。


 瑞々しい若葉の森を抜ける細い散歩道。茂みの中には、露草やブルーベルの小さな花が揺れている。かすかに柑橘系の花の香りを残し、穏やかに風が吹き抜けていく。木立の間に垣間見える、大小様々な形の瑠璃色の湖面。森の端まで来ると、眼前には、様々な色合いの丘が波打つように広がる風景が広がり、遙か彼方には古い石造りの家々が整然と並ぶリエーディアの町が見えてくる……。


 ここは、かつては科学的に高度な発展を遂げた星だったのだが、環境重視の政策がとられるようになって、前・旧エネルギー時代のような生活を営む星に変わったそうだ。一見古色蒼然とした町並みではあるが、ライフラインや建築物の内部などは、実は、意外に新しいシステムで整えられている。


 そして、この星の星都の一つ、リエ―ディアには、サービス及び眺めがトップクラスの古城ホテル、ホテル・ウォルレッツォや、この宙域で、最も長い歴史を誇る荘厳華麗な様式の本館を持つリエ―ディア中央博物館がある。これまでに8回ほど訪問しているが、いつ来ても心躍る魅力的な星だ。

 でも、今回は、ちょっと気になることがある……。


 昨日の夜、児童室での勤務を終えて、自室に帰ろうとしていたときだ。携帯端末を見ていたモリエちゃんが、


「うそっ! 何で? シモキタさん! ホテル・ウォルレッツォ……閉めちゃったみたいですよ!」


と、叫んだ。ペルフトリリア星のデータベースからホテル・ウォルレッツォの情報を集めていたらしい。

 「時間があったら、宿泊は無理でも食事ぐらいはしてみたい!」とはしゃいでいる若者たちが、夕食で出向いた食堂にもいたっけなあ。『一度は泊まってみたい! 辺境惑星の名門ホテル』とかいう旅行ガイドに、絶対に載っているホテルだから、この機会に――と思う人は結構いるはずだ。


「閉めちゃったって? なに? つぶれちゃったってこと? あそこに限って、そんなことは……。」


 確かに、敷居が高いホテルかもしれない。しかし、一見さんでも泊まれるし、団体客が来ていることもある。客室稼働率もそれなりに高そうに見えた。まさか、つぶれることはないだろう。もし、多少経営が思わしくなくなっても、宙域の大手のホテルチェーンなどが資金援助を申し出るはずだ。ホテル・ウォルレッツォを傘下に収めることができれば、ホテルチェーンのイメージアップにも繋がる。それだけの魅力があるホテルなのだ。


 モリエちゃんの携帯端末を見せてもらうと、ホテルの建物の画像を背景に、「長きにわたるご愛顧に感謝いたしますとともに、突然の閉館をお詫び申し上げます。諸事情により――」なんて、文面が綴られている。どういうことよ? がっかりした表情のモリエちゃんを励ますように声をかける。


「まあ、着陸したら、時間をつくって行ってみよう。建物はまだあるみたいだし……。モリエちゃんは、一度も行ったことがないんでしょう?」

「はい。今回、もし行けたら行きたいねえって、話していたんです。」


 話していた? 誰と? って、すごくすごーく聞きたかったけど止めた。ちょっと、プライベートに踏み込みすぎる気がしたから。あそこは、結婚式とかに使われることも多いんだよね……。


 こうして空から見ると、いつもと変わらず、本当に穏やかで美しい星なのだけど、何かあるのかもしれない。

 以前来たときより、夜間の照明がやけに少ないような気がした。星全体が、暗くなった感じだ。

 環境重視政策が、さらに進んだのだろうか? でも、観光振興に欠かせない名門ホテルを、店じまいさせてまで進めたい環境政策なんてものがあるのだろうか? よくわからない……。


 明日着陸したら、リアルタイムの現地情報も入ってくるだろう。児童室に来る子どもたちに聞いてもわからないだろうけど、付き添ってくる保護者に聞けば何かわかるだろう。明日になればね。


 そして、無事に着陸! 


 リエ―ディアからおよそ徒歩20分、丈の低い柔らかな草に覆われたなだらかな丘の上。いつもの着陸場所、ここは変わらないね。

 乗組員用の乗下船口から下ろされた斜路を駆け下りて、わたしは草の上に降り立った。もちろん、こっそりね。気のせいか、大気まで爽やかで品の良い香りがする。本当は、用心しなくちゃいけないのだけど、艦内よりここの大気の方が、むしろ安全なんじゃないかと思う。

 その場で大きく伸びをし、深呼吸してみる。そして、ぴょんぴょんと跳ねて、久しぶりに確かな大地を踏みしめる。すると、思わず声が出る。


「ああ、幸せー!」


 叫んだ後、反射的に辺りをキョロキョロ見回す。あれ? こういうときって、たいてい、いつの間にか隣に館長が立っていて、憎まれ口をたたいたりするのよねえ。でも、今日はいない……。

「誰より先に降りて、着陸地点の安全確認をするのが館長の務めだ!」とか、いつも言ってるくせに、今日は見当たらない。どうした?


 降りたとき、やけに静かだなあとは思ったけど……。

 誰もいないじゃない!

 着陸を待って、図書艦を見に来る近くの集落の人とか、必ず挨拶に来るリエーディア市庁の人とかが、今日は見当たらない。どういうこと?


 開館準備があるし、警備部の人に見つかるとうるさいので、急いで艦内に戻る。児童室へ行くと、すでにモリエちゃんが来ていて、「司書さんおすすめの本」コーナーを整頓していた。

 星間連合共用語に変換済みの閲覧用端末を展示台に並べ、それぞれにポップを付けていた。閲覧用端末といっても、外面だけ見れば昔ながらの紙の本にそっくりだ。

 ペルフトリリア星では、ペルフトリリア星域共用語だけでなく、わたしたちが普段使っている、星間連合共用語も公用語となっているので、翻訳機などの必要がなく、こちらも仕事がすすめやすい。

 わたしに気づくと、モリエちゃんは、これぞ児童室の司書さんという、きらきらした笑顔で挨拶してきた。


「おはようございます、シモキタさん!」

「おはよう、モリエちゃん!」

「もしかして、もう、外に行って来たんですか?」

「うん。久々に生の酸素吸って、陸地に立って、伸びをしてきた。呼び止められそうになったけど、無視!」

「ふふっ、生の酸素ですか? 何だか特別感がありますねえ。」


 酸素は酸素だよ――とか言いながら、モリエちゃんを手伝う。今日は、お話会の予定はない。カウンターで返却や貸し出しのお手伝いをしたり、常連さんを見かけたら、おすすめの新着本を紹介したりするつもりだ。


 ペルフトリリア星の子どもたちは、独特の文化の中で生活しているので、高速で動き回る乗り物が出てきたり、機械どうしが戦ったりするような物語は、あまりピンとこないらしい。

 どちらかというと、物語よりも、様々な星の動植物を紹介した図鑑とか、特徴ある建造物の建築法を解説した本とか、所謂ノンフィクション物を好む傾向がある。だから、この星に来たときは、「司書さんおすすめの本」コーナーも、そういうジャンルの本を中心に展示している。

 わたしの一押しは、『無敵のピクニックランチ!』という料理本。この星では、大自然に親しむピクニックは、多くの人々が好む娯楽の一つだ。子どもたちでも作れるピクニック用のお弁当を紹介したこの本は、画像がとてもカラフルだし、きっとたくさんの子が手にとってくれると思う。食材については、著者の了解を得て、この星で手に入る物に置き換えてある。


 そして、わくわくしながら迎えた開館から、3時間経過――


 まもなく艦内時刻の正午だが、児童室へのこれまでの来館者は、たったの5人!

 地域時刻を考えると、ちょうど学校などが終わる頃で、いつもなら子どもたちが次々と集まってくるはずなのだが。来ない……。

 来館した5人のうち二人は、母親と一緒に来た幼児で、実質的な利用者は大人3人だけ。たぶん、近くの集落の人だったと思う。3人とも返却を済ませると、「ありがとうございました」とか言いながら、そそくさと帰ってしまった。つまり、貸出冊数は0!

 ねえ、本当にどういうこと?


 誰か、この星の偉い学者さんが、『読書が成長期の子どもに及ぼす悪影響』みたいな論文を発表したとか?

 図書艦に行くよりも楽しいイベント、例えば、トリスタン・イグニシウスのサイン会やっているとか?

 何で来ないの!? 来訪のお知らせのチラシ、配り忘れたかなあ?


 児童室の仕掛け時計の人形達が、音楽に合わせて無邪気に踊りながら正午を告げた。カウンターで、児童室担当司書にあるまじき険しい顔で、頬杖をついて考え込んでいたわたしとモリエちゃんは、時計の楽しげな音楽が終わると、ほとんど同時に呟いた。


「変だよねえ?」

「変ですよねえ?」


 昨日から、何となく胸の中に湧き上がり続けている、もやもやとした不安感をそろそろ解消すべき時だろう。

 わたしは、椅子から立ち上がると、モリエちゃんに言った。


「悪いけど。わたし、ちょっと情報収集してくるわ! ランチも手に入れてくるから、待っていてくれる?」

「お願いします。シモキタさんが戻るまで、カウンター番をしていますから。」


 わたしは小さく頷き、児童室を出た。

 通路のポスターは、「笑顔の花咲く移動図書艦」になっている。眉間の皺をこれ以上深くしないように気をつけながら、わたしは早足で一般閲覧室に向かった。



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