口裂け女は名古屋で出会った男にキスされる
『夏のホラー2020』の箸休めにご覧下さい。
男は震えていた。
まさかこんな名古屋の駅のトイレで私に出会うなんて思わなかったのね。
「ふっふっふ」
彼が入った男子トイレの個室の中に居た『女性』。
そう、私こそは…
「痴女だあっ!」
「違うわよっ!」
マスクをした私は全力でそれを否定する。
「この青白い人間離れした顔していたらお化けとか妖怪って思うでしょう?」
「ま、まさかあの有名な?!」
「そうよ。私こそは…」
改めてマスクを外そうとする私。
「やめろっ!」
「ふふっ、私の顔を見るのが怖いの?!」
「コロナがうつる!マスクは取るな!」
「え?」
「取らなくても君が『花子さん』だってわかってるから!ああ怖い!」
「違うわよっ!」
花子さんはこんなに大人の女性じゃないわよ!
たぶん。
私も会ったことないけど。
「ふっふっふ」
私はマスクを…
「取るなっ!」
「取らせて!取らないと私の存在意義が!」
狭い個室でもみ合う二人。
もにゅん
「きゃああああっ!」
「あっ、ごめん!」
胸を触られたわ!
「事故なんだ!悪意は無いんだ!頼む!警察には言わないでくれ!」
「お化けが警察に届けるとかありえないでしょ!」
「え?そうなの?」
「当り前でしょう?」
「じゃあ触り放題?」
「そんなわけないから!」
何この男、頭腐ってるの?
それにどうして私の事怖がらないのよ!
「あのね、私はお化けなのよ。ちょっとは怖がりなさいよ」
「だってそんなにきれいな顔をして、プロポーションもいいし…」
「そ、そう?」
ちょっと照れてしまう私。
「でも、本当の私はこんなに恐ろしい…ってどうしてマスク取らせてくれないのよっ!」
「だからコロナだって!」
「お化けはコロナにかからないから!」
たぶん。
だってお化け仲間にコロナ流行ってるとか聞かないし。
「はあはあ」
「ぜえぜえ」
マスクを外す攻防が続いて、お互いすごい汗をかいてしまった。
でもこの男、絶対にマスクを外させてくれないのね。
どうすればいいかしら…。
そうだわ!
「ねえ、あなたってよく見たら素敵ね」
30過ぎのおっさんだけど。
「もちろん奥さんとか居るわよね?」
「いや、恋人も居ないけど」
「そう。それはよかったわ」
「ど、どうして?」
期待したまなざしで私を見てくる男。
「私あなたのこと好きになったみたい」
「え?!」
「だから…キスしたいの」
「い、いいのか?」
キスするためにはお互いのマスクを取るしかないわよね。
男は興奮気味にマスクを外すと、意外とイケメンだった。
え?この顔で恋人居ないの?
ってそんなこと考えている場合じゃないわ。
私はゆっくりとマスクをはずしていく。
そしてついに私の象徴である、『大きく裂けた口』が姿を現した。
「ふふふふふっ。どう?怖いでしょう?」
ぶちゅうう
「ちょ、や、まって、あうぅ」
ちゅぱ、れろっ、ちゅうう、ちゅるう
「舌、入れないでっ!違うの!キスじゃなくて!見てよっ!」
「ん?何を?」
「だから、この口!」
頬まで裂けたこの口こそ!
『口裂け女』である私の証明よ!
「綺麗な口じゃないか」
「え?」
ちゅっ、ちゅぱっ、れろっ
「や、待って、私、キスとか初めて、って違うーっ!」
私は彼を押しのけるが狭い個室なので距離が開かない。
「私『口裂け女』なの!」
「ああ、岐阜県名物飛騨牛的な」
「おいしそうじゃないのよ!怖いのよ!」
「いや、おいしかったけど」
「あああんっ!どうしてよっ!こんな顔している私になんでキスできるのよ!」
「だって俺の理想の顔だから」
「え?」
トクン
どういうこと?
私のこんな顔が…理想の顔?
トクントクン
な、なんでドキドキしてるの?
岐阜県の人たちが私を見ると『ポマード』って叫んでくるのが鬱陶しくて嫌だったから名古屋に来て大勢の人を怖がらせてきたけど…この人は…。
「ねえ、本当に私の顔が理想の顔なの?」
「もちろんだ」
「も、もしかして恋人になってくれたりするの?」
「いいのか?!」
そうか、こんな出会いもあるのね。
私、今までこの顔の事大嫌いだったけど…これから好きになれるかも。
ドンッ
ふいにお腹にパンチを受けて壁に押し付けられる私。
な?何?
「ごめん、君があんまりに魅力的だから」
「だからってここで壁に押し付けるとか何?それに腹パンとかやりすぎよ!」
「いや、パンチじゃなくて」
下に目を向けると、そこには彼のズボンの膨らみが。
いえ、膨らみ何て生易しい物じゃない。
これはもう拳そのものの太くて大きなものだった。
「俺のモノがこんなだからさ。今まで誰にも入れられなかったんだ。でも、君の『口』なら入るよね。『下の口』はどうなってるの?裂けてるの?裂けても平気とか?」
「あ、あ…」
「良かったあ。これで俺も人並みのエッチができるよ」
あれが…あれが私の口に?
「いやあああああっんむっ!」
再びキスで叫ぶ声をふさがれる。
いや、いや、こんなの違う!
私は怖がらせる側なの!だから!
しゅんっ!
ふう。
瞬間移動ができるお化けで助かったわ。
あのままキスだけじゃなくて大事なものまで失う所だったわ。
…お化けがそれを失う機会なんて普通ないけど。
気分転換に他の人を脅かしてみた。
「ぎゃああああっ!」
ふふっ、名古屋弁でも叫び声は一緒なのね。
それとも地方から来た人かしら?
何人も続けて驚かせていると、ふいに背後から手を掴まれた。
「見つけた!」
それは…巨根の彼だった。
「いやああああっ!どうしてここが?!」
「SNSで拡散したんだ!俺の『嫁』を探してくれって!」
「何それ!来ないで!ああっ!ちょっと、助けてください!」
丁度警察官が目の前に!
「助けてって…君はお化けだよね?」
「あ、はい」
「怖がらせても警察に連れて行かれないかわりに、逆の場合でも助けられないってわかるよね?」
「は?」
そ、そんな!
「さあ行こう!」
私の手を掴んでひっぱっていく彼。
「や、やめてっ!」
「大丈夫。優しくするから」
「いやあああっ!」
瞬間移動は1日1回しかできない。
だから私は…そのまま彼の家へ。
「俺の両親にも会ってくれよ」
そうだわ!彼の家の人を怖がらせれば、追い出してもらえる!
そして扉が開いてそこに居たのは…私を少し老けさせた感じの女性。
「お母さん?」
「姫子?」
私の母親だった。
「いやあ、俺のも人間には無理な大きさでな!嫁さんを見つけるのに苦労したんだが、瑠璃子のおかげでこうやって息子を授かれたんだ!」
そう言うのは私の母親瑠璃子の夫であり、彼の父親でもある人。
「お母さん!急に居なくなったから私一人で岐阜県中回るの大変だったのよ!」
「ごめんね。でも、こんな素敵な人に出会ったからお化け家業から足を洗いたくなったのよ」
「なあ、もしかして俺と姫子さんって兄妹なのか?」
真実を知ってうなだれている彼。
「大丈夫よ!お化けは人間との間に子供を産むこともできるけど、基本的には『分体』して増えるから」
「分体?」
「噂が大きくなると、どんどん増えるの」
最高で10人まで増えたわ。
でも、噂が消えていくとどんどん消えて行ってしまって、私一人になったと思ってたの。
「だから血のつながりとか考えなくていいわよ」
「本当?!」
目を輝かせる彼。
「姫子!良かったな!これで一緒になれる!」
彼の純粋な感情にもう私は観念しようと思った。
お母さんの話だと人間と結ばれれば噂が消えても消えなくなるらしい。
それにイケメンで純真だものね。
わたしにはもったいないくらいの人だわ。
「よろしくお願いします」
そして私たちはその夜に結ばれた。
翌朝。
目が覚めると私の寝ている横で彼が誰かと抱き合っていた。
「え?嘘?!どうして?!」
まさかいきなり浮気されるなんて!
「え?姫子?じゃあこっちは?」
彼は自分に覆いかぶさっている女性を押しのける。
まさかお母さん?!
違う。もっと若い。
むしろ私よりも若い。
「ふふっ、私はキサラよ」
私を若くした感じの、女子高生くらいのキサラはやはりその口が頬まで裂けていた。
「SNSで拡散されて有名になったから増えちゃった。てへっ」
「てへっじゃないわよ!」
「てへっ」
「てへっ」
「てへっ」
「てへっ」
「ご、5人もっ?!」
SNSで日本だけではなく世界中に拡散されたせいだろうか?
私の分体が5人も産まれていた。
女子高生、中学生、小学生高学年、低学年、園児。
「まさか全員を嫁にするとか言い出さないわよね?」
お化けには法律が適用されないから、その気になれば全員と結ばれても問題ない。
年齢も関係ないのだ。
でも、でも、そんなの嫌!
彼は私だけのものであってほしい!
「というわけで、あなたたちは街へ繰り出して『口裂け女的活動』をやってらっしゃい」
「えー、だるいしー。ほら、こうやって自撮りして拡散すれば問題ないってカンジ?」
キサラが彼のスマホで自撮りを拡散したら、さっそく多くの『イイネ』が付いている。
「私たちが欲しいのは『イイネ』じゃなくて『コワイネ』よ!」
「コメントで怖がられてるから…あっ、素敵とか書かれちゃった。うふ」
頬を赤く染めるキサラ。
そんなキサラを彼が見つめている。
駄目。
そんなの許さない。
私は台所に行くと包丁を取り出し…
ザシュ!
ドシュ!
バシュ!
グシュ!
ゲシュ!
「な、なんてことだ…」
彼は震えていた。
「姫子…」
彼の口から血が滴る。
「こんなに姫子が料理上手だったなんて!」
と、超レアステーキの血を口から滴らせつつ言う彼。
「どう?これで私が正妻よね?」
「元々そのつもりだよ」
「なによー。キサラをじっと見てたじゃないの」
「はははっ。俺にとって嫁は姫子だけさ。他の子たちはまだ幼いじゃないか」
「本当?」
「なんなら食後にしようか?」
「もう、今日は仕事でしょう?」
カシャ
「『口裂け女とイチャイチャする男』をインスタにあげて…すごっ、もうこんなに反応が!」
「これ以上私たちが増えると困るからほどほどにしなさい!」
「はいはーい」
こうして私の新しい生活が始まった。
もちろん彼が出かけてからも街中で人を脅かすのだが…マスクを外すと迷惑がられるので最近は透明なマスクを付けて、その上から大きなマスクを付けることにした。
あと、怖がられるよりサインを頼まれることが増えた。
「ごめんね。コロナだからサインはできないの」
今なら断りやすくていいわよね。
さあ、次のターゲットはあの人ね。
「ねえ、私って綺麗?」
お読みいただきありがとうございました!
感想とかいただけると嬉しいです!