素敵なレディになる為には
「貴方、ちょっとよろしいかしら」
お手洗いに行った帰り、私はそう声をかけられて振り返った。
振り返るとそこにいたのは、縦ロールの金髪の髪に紫色のアーモンド型の瞳。大きな胸の前で腕を組んでいるご令嬢だった。
「なにかしら」
とりあえず笑顔を浮かべて返しておく。
王宮内とはいえ、何かあっては大変なので女騎士のマリアを護衛に連れている
マリアはすでに私を守るように前に出ている。
それが余計に気に食わなかったのか、ご令嬢は不満そうに眉を寄せた。
「ちょっと護衛の方には下がっていただきたいの」
「それはできません」
マリアが冷静に返した。ご令嬢の眉がどんどんつりあがっていく。
「あら、リジェルト公爵家の私の言うことが聞けないっていうの?」
「私が仕えているのはクリプトン公爵家であり、貴方様ではありませんので」
マリアに正論を返されて、ご令嬢は黙ってしまった。
「いいわ、マリア、少し下がっていて頂戴」
「かしこまりました、お嬢様」
マリアは一礼すると少し離れた位置に下がった。会話は聞こえなくても、何かあればすぐに駆けつけられるギリギリの距離だ。優秀な護衛だなと思いながら、リジェルト公爵令嬢に視線を戻した。
「で、ところで貴方、どこのどなたかしら」
首を傾げて尋ねれば、彼女は顔を真っ赤にした。
まぁ、多分、リジェルト公爵家の次女であるエリシア様だと思うけれど、社交界では名乗らない限り、初対面を通すのが基本ですから。
「な、貴方、私を知らないっていうの!?」
どうやら、私の返答がお気に召さなかったようです。
「ええ、残念ながら。貴方と私は初対面でしょう?」
まずは名乗れとやんわり言ってみる。
「り、リジェルト公爵が娘、エリシアですわ!」
「そうですか、アリス・クリプトンですわ。で、ご用件は?」
「ああ、そうでした。貴方、ジルベート殿下との婚約を辞退しなさい!」
「嫌です」
びしっとこちらを指差して言った彼女に私は満面の笑みで即答した。
「そうよね、私の言うことは…………って、嫌ですって!?」
当然承諾されると思っていたらしい彼女は、少しの間があった後大きく目を見開いた。
「ええ、嫌ですわ」
もう一度、念を押すように言った。
「なななな、嫌ですって?」
「貴方、随分甘やかされて育ってきたんですのね。自分の思い通りにいかないと癇癪を起こして周りを困らせる。それが許されるのは小さな子供までよ」
「……………………」
「聞き入れられない願いもあるのだと、受け入れなさい。もっと大人になりなさい。素敵なレディになりたいのならね」
折角可愛いんだもの。
駄々をこねて自分の価値を下げるなんて、勿体ないわ。
「では、私はこれで」
流石にジルベートの隣をずっと空けておくわけにはいかない。
不貞を疑われたら面倒だし、なによりほかの令嬢にもあまり隙を見せたくない。
何語ってるんだと、少し思ったけれど、まぁ見逃してくださいませ。
『一流の令嬢はどんなときにも笑顔で、隙を見せてはいけません』
確かあれは、お母様……いや、アシュトン夫人の言葉だったはずだ。
小さい頃から洗脳のように言われてきたこの教えは、頭に習慣としてこびりついて離れない。




