婚約披露パーティー
私とジルベートの婚約披露パーティーが、今日行われる。
流石は皇帝の婚約披露で、他国からも要人が招かれている。じゃあもしかしてトレゼルトも招かれているのかと思ったが、トレゼルトは招かれていないらしい。
「あの国とは、別に友好国というわけではないからな」
「そうですね、残念なような、嬉しいような、不思議な気持ちです」
「何だ、お前はまだ元婚約者が好きなのか?」
「まさか。私は一度だってあれを愛したことはありませんもの」
きょとんとした顔のジルベートにそう問われて、私は微笑んだ。
あれに愛を囁くくらいなら、国外追放された方がましだわ。いや、実際、国外追放されたのだけれどね。
「そうか、ああ、言い忘れていた。そのドレス、とてもよく似合っている」
私は今日、藍色のAラインのドレスを着ている。これはお母様が用意してくださったものだった。
髪はまだ若いのだからと、サイドの髪を編み込まれた三つ編みがカチューシャのようになっている。
出来上がっていく髪をみながら、私は感心してしまった。
刺繍なんかは小さな頃から淑女の嗜みだとお母様に覚えるように言われていたけれど、正直あまり器用なほうではない…………
対してジルベートは、真っ黒な軍服を着ていた。
トレゼルトにいた頃、締まった体と軍服が大好きだという、令嬢が一定数いたけれど、今ならわかるわ。あなた達の気持ちが。
「ありがとう、あなたもね」
差し出された手に手を重ねて、私とジルベートは会場へと入った。入場は身分の低い順に始まる為、ジルベートと私は最後だ。
さぁ、ここからよ。
「覚悟はできたか?」
「勿論、そんなものもうとっくに決まってます」
笑顔を作り、レッドカーペットの敷かれた階段を下りる。この先は玉座とその婚約者が座るために用意された席がある。
ゆったりと、前だけを見据えて私はジルベートと共に進む。
これでもトレゼルトでは、嫌がらせとも取れる厳しすぎる王妃教育を受けてきたのだ。まさかそれが他国で役にたつとは思わなかったけれど、結果オーライかもしれない。
同じ愛のない婚約でも、私とジルベートとの間には、友情と信頼という物があるもの。
精悍な顔つきの皇帝の隣にたっても見劣りしないその令嬢の美しさに、会場では「ほうっ」と溜め息が漏れた。帝国は実力主義の国。アリス・アシュトンの名はこの帝国にまで届いていたのだ。
あれが相手では仕方があるまい。と諦めさせるだけの気品とオーラがアリスにはあった。
私はジルベートの隣に用意された赤の絹張りの椅子に座った。
なるほど、これはずっと座っていても疲れることはないだろうと思う。加えて、暗殺対策なのか、背の所には鉄の板が仕込まれていることが座ったときにわかった。
これなら、後ろからぐさっとやられることはないわね。
ジルベートの挨拶を笑顔で聞き流しながら、そんなことを考えていた。
贅をこらした会場に、色とりどりのドレスを着た令嬢達。一部の令嬢からは今にも刺し殺さんばかりの視線をもらった。
上から見る景色というのも、なかなかいいものだけれど張り合いがないのは少しつまらないわね。
私は十人中十人が美しいと認める微笑みを令嬢達に返した。令嬢達はカッと顔を赤く染めて、顔を逸らした。
「遊ぶのもそれくらいにしておけ」
ジルベートは私の手に手を重ねて、私に甘い微笑みを寄越した。彼と私は愛し合う婚約者設定なので、私もにっこりと笑みを返した。
「はい、皇帝陛下」
公の場以外はジルベートと呼んでいるけれど、流石にこのような場で、軽々しく皇帝陛下の名前を呼ぶことはできない。貴族が王たる皇帝を軽んじてると思われるからだ。
「さ、ファーストダンスだ」
「はい」
こういった夜会ではファーストダンスは、主催者が踊る。私はジルベートに手を引かれて、会場の中心へと出た。貴族の注目を一身に浴びて、背筋が伸びる。
ゆったりとした音楽に合わせて、ステップを踏む。体を動かすのは元から好きだったので、ダンスも得意分野だ。ジルベートもリードがとても上手くて、踊るのがとても楽しい。
「楽しい時間だった」
「私もです、皇帝陛下」
私達は笑いあって、礼をすると席へと戻っていった。




