これで3人目
「これで3人目か…………」
私は目の前で気絶する黒髪の男をみて、ため息をついた。
私とジルベートの婚約はまだ正式に発表していないというのに、どこから漏れたのか、もうこれで私に差し向けられた暗殺者は3人目だ。
本当に、寝込みを襲うのはやめてほしいわ。人の安眠を妨害しないで欲しい。
これは切実な願いである。
だって考えても見なさい。
いい夢見ている時に勝手に部屋に侵入されるのよ?
侵入されたらそりゃあ気配で勝手に目が覚めちゃうわよね。
いっそ、聖剣を抱いて寝ようかしら?
あれって素質のない人間が触ると感電するらしいのよね。
ただ聖剣の抱き心地は悪そうだわ……
兎に角、婚約前にこれでは、先行き不安である。
「これ、どうしようかしら」
前2人よりは筋がよかったなと思いながら、私は天蓋付きの大きなベッドに腰を下ろした。
前の2人は、うん、あれはまず論外だわ
「んっ…………」
どうやら男は目を覚ましたようだ。一応拘束はしたから、そう簡単に逃げられはしないと思うけれど。
「さ、とっとと依頼主について吐きなさい。返答次第では、生かしてあげてもいいわよ」
「い、命だけは……」
「人の命を取ろうとしといてよく言うわよね。まぁでも貴方が雇い主のことを話せば助けてあげるわ。ついでに私が雇ってあげてもいい。死ぬか私の駒になるか選びなさい」
そう言って冷たく見下ろす。
「わかった、話す、話すからっ!依頼主はマーセタリア嬢だ」
マーセタリア嬢…………
頭の中の帝国貴族名鑑をぱらぱらめくりながら考える。
ああ、そういえばそんな名前の伯爵令嬢がいたな。とを思い出す。
「はい、ご苦労様。……じゃああなたに仕事をあげるわ」
「殺し……か?」
「馬鹿言わないでよ、私がそんなことを言う訳ないでしょう。それに貴方殺しに向いてないわよ」
「向いて、ない?」
「私の首に短剣突きつけようとした時にかなり躊躇していたでしょう。筋がよくても、それじゃあ前の2人よりも向いてないわ」
少なくとも前2人は私を殺す気満々で、殺気も隠せてなかったけど、躊躇いなく剣を突きつけようとしてきた。そこがあの2人とこの男の決定的な差だ。
「俺だって殺しなんかしたくはない」
「そう、じゃあ止めなさい。貴方の前に今、そこから抜け出すチャンスが転がっているのだから」
「なにをすればいい…………」
「貴方には、私の専属諜報部員になって欲しいのよ。勿論、報酬は払うわ」
丁度向こうの様子も知りたかったからね。
今向こうがどうなっているのか知りたくても、向こうに連絡を取れる相手がいないんだもの。
「わかった、その依頼引き受ける」
「よかったわ、これからよろしく……えっと名前は?」
「俺に名前はない」
「あら、そうなの?」
「あんたがつけろ」
「そうねー、黒くて綺麗な瞳だから黒曜なんてどうかしら」
「綺麗か…………?」
「ええ、一般的にはどうかしらないけれど、私は綺麗だと思うわよ」
「そうか、綺麗か…………」
彼はなんだか嬉しそうに笑った。