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黒曜視点

 俺に名前なんてものはなかった。俺は娼婦であった母と客の男の子供らしく、母は俺を嫌っていた。


 目があったことさえあったかどうかも分からないほどだ。


 まぁ、自分が決して可愛らしい子供ではなかったことは認めよう。

 小さな頃からかなりひねくれていたと思うし、可愛い子供だったかと言われれば答えは否だ。


 そして、俺は七歳になった頃に母親に売られた。

 俺を買ったのは、小汚い爺だった。俺と同じような少年が集められていて、どうやらその男はいたいけな少年をいたぶる趣味があるらしい。


 鞭を振るわれて、小さな体にたくさんの傷が残った。

 買われた少年の中には、精神が壊れて抜け殻のようになってしまうものもいた。


 本当に糞みたいな場所だった。

 そして俺は一年後、命辛々、その爺の屋敷から逃げ出すことに成功した。


 それでも生きていくすべを知らなかった俺は暗殺ギルドなんていうたちの悪いところに引っかかってしまった。人を殺すすべを教わり、俺達は毎日殺しの練習をさせられた。


 そうして、半年に一度、ペアを組まされてその相手を殺せと命じられる。下手にセンスがあった俺は、勝ち残ってしまった。



 もう自分が何人殺したか分からなくなった頃には、俺が親に売られてからもう十年がたっていた。


 そして、俺が貴族を暗殺のターゲットとして初めて受けた依頼は、とある貴族令嬢を殺すことだった。

 正直、気分がいいわけがない。


 気が進まないまま、公爵家に侵入し、女の喉元に短剣を突きつけた。

 その女の寝顔はとても綺麗だった。銀色の髪に長い睫毛。真っ白い肌。きっと輝かしい未来があるであろうこの女の命を奪えるほど、この依頼に価値はあるのだろうか?


「いつまで人の上でうじうじ悩んでるのよ。いい加減重いんだけど」


 緑色の目をぱっちりと開いて、不機嫌そうに眉を寄せた彼女にあっという間に短剣を奪われ、俺は鳩尾に容赦のない蹴りを受け、意識を刈り取られた。


「あ、やば、またやり過ぎた……」


 こいつは普通じゃない。

 そう思った頃には、もう意識を手放していた。






 次に目覚めると俺に蹴りを入れた女はベットに腰を下ろして脚を組み、俺の持っていた短剣をいじっていた。


 手は拘束されていて、俺とこの女以外には、誰もいなかった。


「さ、とっとと依頼主について吐きなさい。返答次第では、生かしてあげてもいいわよ」

 

「い、命だけは……」


 価値のないくせに、死ぬのが怖くて気がつけば命乞いをしていた。


「人の命を取ろうとしといてよく言うわよね。まぁでも貴方が雇い主のことを話せば助けてあげるわ。ついでに私が雇ってあげてもいい」


 ど正論を叩きつけられて俺はぐぅの音もでなかった。


「死ぬか私の駒になるか、選びなさい」


 彼女の目はまっすぐで、少し怖いとすら思った。


「わかった、話す、話すからっ! 依頼主はマーセタリア嬢だ」


「はい、ご苦労様。……じゃああなたに仕事をあげるわ」


「殺し……か?」


 もう殺しは嫌だけれど、暗殺ギルドにいるよりもきっとこの令嬢の元にいる方がずっといいと思った。


 やっぱりまた殺しだろうか? 


 恐る恐る聞くと、女は吐き捨てた。


「馬鹿言わないでよ、私がそんなことを言う訳ないでしょう。それに貴方殺しに向いてないわよ」


 心底嫌そうな顔をした彼女に、俺はぽかんとした。女の顔は殺しを心から嫌悪していた。



「向いて、ない?」


「私の首に短剣突きつけようとしたとき、かなり躊躇していたでしょう。筋がよくても、それじゃあ前の2人よりも向いてないわ」


 ということはこの女は少なくとも俺がこの部屋でこの女に短剣を突きつけた時から意識があったということか?


 本当にただの令嬢か?


「俺だって殺しなんかしたくはない」


「そう、じゃあ止めなさい。貴方の前に今、そこから抜け出すチャンスが転がっているのだから」


 そんな風にまるで簡単なことだとでもいうふうに彼女は言った。


「なにをすればいい…………」


「貴方には、私の専属諜報部員になって欲しいのよ。勿論、報酬は払うわ」  

 

「わかった、その依頼引き受ける」


「よかったわ、これからよろしく…………えっと名前は?」


「俺に名前はない」


 母は一度も俺の名前を呼ばなかった。

 あの爺のところでも。そして暗殺ギルドでは番号で呼ばれていた。 


 だから俺に名前はない。


「あら、そうなの?」


「あんたがつけろ」


「そうねー、黒くて綺麗な瞳だから黒曜なんてどうかしら」



「綺麗か…………? 」


「ええ、一般的にはどうかしらないけれど、私は綺麗だと思うわよ」


 一般的には分からないといってしまうところが素直な女だと思う。俺はぜんぜん綺麗な人間ではないというのに。



「そうか、綺麗か…………」


 その言葉は俺には不釣り合いなものだとは分かっていたのに、どうしようもなく嬉しくなってしまった。  


 この手にこびりついた血が消えることはないけれど、それでもこのまっすぐな女の下で、この名を呼んでもらえるのならば、ここにいるのも案外悪くないのかもしれない。





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