皇帝に拾われました
1話1000字から2000字程度です。
アルファポリスでも同じ名前で公開しております
元伯爵令嬢アリス・アシュトンは腕を縄で縛られ、真っ暗な森の中で途方に暮れていた。
「てか、ここどこよ…………」
どうしてこんなことになったのか、それは数時間前に遡る。
***
「アリス・アシュトン! おまえと婚約破棄させてもらう!」
そう高らかに叫んだのは、私の婚約者であり、この国の第1王子であるガンディア・トレゼルトだ。そして彼にぴったりと寄り添い、何故か怯えたような顔をしているのは、私の妹であるリーシェ・アシュトンだ。
リーシェの容姿はストロベリーブロンド髪にくりくりの青い目。庇護欲をそそる愛らしい顔立ちの少女で、何故だかいつも私のものを欲しがる癖があった。
私の容姿といえば銀色の髪と若草色の目。顔立ちのはっきりした美人だと評判だったけれど、可愛いと評されるリーシェが羨ましいと感じることもあった。
目の前の怯えたような顔をしているリーシェの口角が、僅かに上がっていることに私は気づいていたし、そもそもそんなことが許されるはずもない。
そのときの私は、そう思っていたのだ。
しかし実際はどうだ、彼の両親である国王と王妃が口を挟む様子もなく、この状況を黙認していた。そして私は妹であるリーシェを毒殺しようとした。という罪を着せられて、捕らえられた。
私はそんなことをしていないのに、私の部屋から見つかった毒。やってないと、どんなにいっても、信じてもらえなかった。
幼い頃から私をそばでみてきた信頼していた使用人も、仲良くしていた友人達も、私を産んで育ててくれた両親でさえもが、私を蔑んだ。
「人でなし」
「あんたなんて産まなければ良かった」
両親が私に向ける目には失望と嫌悪の色が見えた。
両親から浴びせられる心無い言葉に、私はどうすることも出来なかった。
そして私は国外追放されることになったのだが、私を隣国の国境警備隊に引き渡すはずの男達は、私をディアベルトの国境付近の森に置き去りにしたのだった。
そう、この真っ暗闇の森の中に。
そうして今に至るわけだ。
てかあいつら『これもリーシェ様のご命令だ』とか言ってたわよね。
「ふざけんじゃないわよ。この人でなし!」
沸々と湧き上がるこの怒りを消化するため、私は叫んだ。
恐らく今回のことにガンディア以外の王族が一枚噛んでいるのだと思う。
確かに、トレゼルト王国の民からは慕われていて、王族よりも影響力と人気があったことは認めよう。
王族からは邪険にされていたこともしっているが、なにもここまでしなくてもいいではないか……
「ぐるぅぅぅ……」
闇の中から現れたのは、狼の集団だった。
手を縄で縛られている。
こうなったらもう、狼の胃袋へ収まるしかないだろう。
私が普通の令嬢であったなら、だが。
「今晩のおかず……見つけた!」
私は目を輝かせて、魔法で縛られていた縄を燃やして立ち上がった。
それからは早かった。私は魔法文化の発達していなかったトレゼルトでは珍しく、魔法の才があった為、こんな状態になってもまぁ問題はない。
まぁ、その分、やっかみは多かったけれど。
魔法で石釜を作り、異空間から鍋やら包丁やらを取り出した。そうして、狼のシチューを作る。これでパンでもあれば最高だけれど、流石に食べ物は異空間にも入れられない。
「うん、なかなか美味しい」
「そこに誰かいるのか…………」
後ろから足音が聞こえて振り向けば、そこにいたのは端正な顔をした男だった。
蜂蜜のような金色の髪に、鋭い青の瞳。ローブをきている彼の装備は見えないけれど、こんなところにいるということは冒険者かしら……
でも彼の喋っている言語は帝国で使われているものだった。
「女……?」
彼は私をみると青の目を大きく見開いてた。
そして、彼の目は私の目の前にある鍋に釘付けになっていた。
「冒険者さん、食べます?」
私が異空間から新しい皿を取り出し、冒険者さんに笑いかけた。
ちょうど作りすぎたこのシチューをどうしようか悩んでいたところだ。
消化してくれるならば、むしろありがたい。
「ああ、頂こう」
***
「じゃあ、あなたは帝国の人なんですね」
「ああ、ジルベートだ」
喋り方も綺麗だし、身なりも良いから恐らく貴族だと思ったけれど、家名を名乗らないということは訳ありかしら……
「アリスよ、よろしく」
「しかし、どうしてこんな森の中に一人でいるんだ?」
とうぜんの疑問をぶつけられて、私はなんていうか悩んだ。
しかし、私のことを知らない誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。
私は彼に今日あったことを話した。
「…………それは酷いな」
「そうでしょう? 本当にあいつら、次あったら、今回のこと後悔させてやる」
「なら、俺のところへくるか?」
「は?」
「どうせいくあてもないのだろう? 帝国は実力主義だが、トレゼルトの魔法の天才、アリス・アシュトンなら大歓迎だ」
「あなた、どうして…………」
「実際に会ったことはないが、外見の特徴くらいは知っていたからな。銀髪も帝国でも珍しい髪色だしな、それでわかった」
「なるほど、まぁいくあてが無いのは事実だし、私にとっても良い話だけれど、あなたが私を助けるメリットがわからないわ」
「なに、シチューがうまかったからな。そのお礼だ」
そんな訳の分からない理由を口にして、ジルベートは笑った。
きっと彼はそれ相応の身分のある人間なのだろうと思っていたけれど、まさかあの皇帝だなんて、そのときの自分は思ってもいなかった。