振り向けばあの子がいる
朝の下駄箱にて、生徒たちの楽しそうな会話が聞こえていた。その中に、アルスと弓彦も混じっていた。
「なーアルスちゃん、生徒会で何かあったか?」
浦沢がアルスにこう言った。彼が気にしているのは、無表情で突っ立っている三毛の姿だった。何も言わず動かず、ただじっとアルスを見ていた。不気味に思えた浦沢は、弓彦に小声で聞いた。
「なぁ、あの子確か生徒会の子だろ」
「ああ。御代生徒会長の指令で、アルスを監視しているらしい」
「どうしてアルスちゃんを監視してるんだ?」
「魔法で何かしないか。向こうは最近起きた騒動は、アルスの魔法と世界のせいだって思ってるらしい」
「そっかー。俺としてはアルスちゃんが魔法を使って手助けをしてるって見えるんだけどなー」
浦沢がアルスを見てこう言った。
教室内。弓彦と一緒に教室に入ったアルスに向かい、世界が飛び膝蹴りを放った。
「このクソ女! 私の弓彦君と一緒に登校していいだなんて一言も言ってないわよ!」
「弓彦と一緒に登校する許可を、どうしてお前から取らないといけないんだ?」
呆れて言葉を返し、アルスは片手で世界の攻撃を防いだ。世界は体を回転させ、床に着地した。
「調子こいてんじゃないわよ、次の一撃で決めてやるわ」
「朝から喧嘩を売るな。私の後ろを見ろ、生徒会の人間が見てるぞ」
アルスは後ろを指さし、三毛の存在を世界に知らせた。世界は顔を真っ赤にし、「失礼しました」と言って、席に戻った。
「珍しくあいつがおとなしくなったな。生徒会というのは本当に強いのだな」
「俺たち生徒の代表だからな」
弓彦はアルスにこう言うと、自分の席に向かった。
その後、三毛の執拗な監視は授業中にまで及んだ。
アルスがノートを書いていると、三毛はじーっとそのノートを見つめている。その行為を見た弓彦は、小声で三毛にこう伝えた。
「魔法陣だなんて、あいつは使えないぞ」
「む……そうか」
三毛はこう言うと、再びアルスの方を見つめた。
英語の時間。パンチパーマとへんてこなメガネ、金色の衣装が目立つ英語の教師が、授業を行っていた。
「これは鉛筆、これはパイナップル。はい、英語で返事をお願いします。単純な英会話なので、少し考えれば言葉が出てくると思います」
英語の教師は腕を左右に揺らしながらこう言っていた。アルスはうーんと考えながら、答えを出そうと思っていた。そんな中でも、三毛はアルスを監視していた。
「うーんと……答えは……オー! 浦野さん、答えをよろしくお願いします」
突然名前を呼ばれ、三毛は慌てながら席を立った。
「えと……その……」
「とってもイージーなクエスチョンです。簡単にアンサーをトークできるはずです」
「あの教師、キャラぶれまくってんな」
と、弓彦は小さくツッコミを入れた。アルスの監視に集中していたため、問題を聞いていなかった三毛に助け舟を出そうとし、アルスは小声でこう言った。
「これは鉛筆、これはパイナップルの英訳だ」
この声を聞いた三毛は、すぐに答えを言った。英語の教師はブラボーと言いながら、手を叩いた。
休み時間。トイレへ向かったアルスは、個室に入り、用事を済ませようとした。その時、上から監視する三毛の姿があった。
「お前、さすがにそこまでやったら犯罪じゃないか?」
「私はお前を監視するように指令を受け、その指令に従ってるまでだ」
「だからって、トイレの中をのぞくのはまずくないか? 他の生徒にこんなとこ見られたら問題になるぞ」
その時、一人の女生徒がこう言った。
「変な覗き魔がいる」
「私、先生に伝えてくる」
それから数分後、職員室から泣きじゃくる三毛が出てきたのを、弓彦は見た。
「何やったんだあいつ?」
昼休み。アルスと弓彦はパンを食べていた。そんな中、三毛はおにぎりを食べながらアルスを監視していた。
「昼休みの時でもやってるよ」
「それだけ仕事熱心な奴なんだな。弓彦、お前は奴の視線が気になるのか?」
「お前と一緒にいると、なんか俺まで見られてそうで気になるんだよ」
弓彦がこう言うと、後ろから世界がやってきた。
「誰なの? 私の弓彦君を監視してるってどこのどいつなの?」
「監視されてるのは俺じゃない。それと、お前のものになった覚えもない」
世界はアルスを監視している三毛に近付き、こう言った。
「あなた、いくら生徒会の人間とはいえ、これはやりすぎよ! アルスのメス豚はどうでもいいけど、私の弓彦君を監視するのは止めて!」
「私はアルスを見てただけなんだが……申し訳ない」
「あら、意外と物分かりがいい子ね。偉い偉い」
話を終えた後、世界は鼻歌を歌いながら弓彦に近付き、こう言った。
「弓彦君、この後の授業なんてどうでもいいから、二人で保健室に行きましょ」
「一人で行ってこい」
弓彦は世界にこう言うと、逃げるように去って行った。
放課後、三毛はアルスの部活中でも、監視を行っていた。
「一日監視してて、あいつは楽しいのか?」
アルスがこう言うと、部活動の生徒が「あれが三毛さんの仕事だから」と返事した。その時、顧問の先生が集合の合図と叫んだ。声を聞き、アルス達は顧問の先生の前に集まった。
「来週、毎年恒例の強化合宿がある。詳しくはこのプリント見てくれ」
アルスは渡されたプリントを見ると、そこには強化合宿の内容、日付、決まりなどが書かれていた。
「合宿のことを保護者に伝えるように。それと、欠席者は合宿当日の三日前には連絡を入れるように」
「先生」
アルスが手を上げ、こう言った。
「三毛はどうしますか?」
後ろの方では、プリントを手にした三毛が、黙々とプリントの文字を読んでいた。顧問は困りながら、こう言った。
「生徒会に一言言わねーとな……」
その日の夜、アルスは合宿があることを、弓彦の母に伝えていた。
「あらー、楽しそうじゃない」
「一応人里離れた山の中で剣の特訓をするらしいのだが……」
「他にもやることはあるわよ。ほら、ハイキングなんてあるじゃない」
「アルスちゃん、ここに転移してからこの周辺しか知らないじゃない。いい機会だし、行けばいいじゃん」
弓彦の母や姉に押され、アルスは行く気分になった。
「面白そうだな。よし弓彦、お前も一緒にこい」
「え? 俺も?」
いきなり一緒にこいと言われた弓彦は、驚いて読んでいた本を落としてしまった。驚く弓彦を見ながら、アルスは頷いた。
「そうだそうだ。お前もきっと楽しめるぞ」
「俺、剣道部員じゃないんだけど」
「何とかなるだろ。明日、顧問の先生に相談してみる」
と、何故か弓彦も行くようなことになってしまった。弓彦は心の中で、俺の休日が終わった。と、涙を流していた。
翌日、アルスは弓彦の同行のことを、顧問の先生に伝えた。それに対し、笑いながらこう言った。
「よしいいぞ」
「はぁ⁉」
予想外の答えを聞き、弓彦は驚いた。
「聞いたぞ、アルスは異世界というところからきたって。弓彦、アルスはまだこの世界に慣れてないはずだ。お前がサポートしてやれ」
「は……はぁ……」
「それと、剣道部員以外でくるのは、お前の他にもいる」
「それって誰ですか?」
「私たちよ!」
勢いよく教室に入って来たのは、御代たち生徒会のメンバーだった。
「生徒会長! まさかアルスの監視に?」
「そうよ。三毛だけじゃなく、私たちも合宿に行くわ。こんなたのし……魔法で何か起きそうなイベント、出ないわけないじゃない」
一瞬本音が見えたぞと、弓彦は言いそうだったが、日枝がこちらを睨んだので、ツッコミを止めた。
まだこの世界のことを知らないアルス、合宿を楽しむつもりでいる生徒会の連中、アルスの監視を行おうとする三毛。「この合宿、どうなるんだ?」と思いながら、弓彦は頭を押さえた。
職員室の外。世界はこっそりと、この会話を聞いていた。
「私も行くわ……弓彦君。楽しみにしててね。うふ。うふふふふ」
世界は奇妙な笑いを出し、こう言った。
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