バレンタインデーは戦争である
ああ……この日が来てしまったか。
弓彦はカレンダーを見て、心の中で大きなため息を吐いた。今日は2月14日。バレンタインデーである。本来なら男性共はチョコと愛がもらえるかもしれないという淡い期待の中、過ごす日なのだが、弓彦にとってこの日は憂鬱な日なのである。その理由は、この日は世界のストーキングが最も激しいからだ。
子供の時は普通にチョコを貰っていたが、ある時幼い弓彦は世界がチョコを作るところを見てしまったのだ。どんな光景かというと、世界は出来上がったチョコに、滅茶苦茶キスをしていたのだ。それを見た弓彦は察した、自分は世界が何度も口付けしたチョコを毎年食べていたのを。
それから弓彦は世界からのバレンタインデーのチョコを拒否していたのだが、世界はどんな手を使ってでも手作りチョコを弓彦に食わせようと必死になるのだ。ある時は教室で襲われ、別の時はトイレで用を足している時に襲われ、挙句の果てには部屋で寝ている時に襲われるのだ。それが毎年行われているのだ。
「はぁ……」
「何ですかその溜息は?あなたにはチョコを上げませんよ」
弓彦の溜息を聞いたムーンが、弓彦にこう言った。だが、アルスがムーンの肩を叩き、窓を指さした。そこには世界が荒く息を吐きながらチョコを手にしていた。それを見て、ムーンはいろいろと察した。
「今日は学校行きたくねーな……」
この言葉を聞き、アルスが近付いてこう言った。
「世界のストーキングが激しいからか?」
「ああ」
「じゃあ空を飛んでいくか?私の手を握れば大丈夫だ」
「そんなんで解決するか?あいつの事だし、先回りして襲われるオチが見えてる」
「なら方法は一つ」
アルスはそう言うと、外に出て行った。その直後、外から世界の悲鳴が聞こえた。何事かと思い、弓彦とムーンは外を覗いた。そこには縄で縛られた世界と、一仕事したような感じで汗をぬぐうアルスの姿があった。それを見て、弓彦はこう言った。
「よかった。今日は安全に登校できる」
その後、アルスと弓彦は学校へ向かった。校門では、岳人達風紀委員が荷物チェックをしていた。
「よー、朝から大変だな」
「おはようございます。今日はバレンタインデー、普通のチョコなら見逃しますが、たまにチョコに交じってとんでもない物を持ってくる生徒がいるので、こうやってチェックしています」
「岳人ー、面白いもん持って来た奴がいるぞ!」
と、平塚がとんでもない18禁グッズを手にして笑っていた。
「いや、何とんでもないもん見せてんだあんたは!」
「何だこれは?」
とんでもないグッズの詳細を知らないアルスは、平塚にこう聞いた。
「聞かなくていいから。そんな知識身につても得にはならないからな!」
「これはね……こーやって」
「実際にやるなボケェェェェェェェェェェェェェェェ‼」
弓彦の強烈なドロップキックが平塚に命中し、平塚はそのままぶっ飛んだ。それを見た岳人は弓彦に礼を言った。
「ったく、本当に兄さんはしょうもないな……」
「なぁ弓彦、お前が代わりにこの使い方を教えてくれないか?」
アルスは地面に落ちてた18禁グッズを手にしてこう言った。弓彦は急いでアルスからそれを取り、空に向けて高く蹴り飛ばした。
教室内にて。弓彦はいつも通りに自分の席に座り、浦沢と話を始めたそんな時、弓彦は後ろから冷気を感じた。まさかと思いつつ、後ろを振り向くと、そこには縄で縛られた世界の姿があった。
「世界!?何でここに!?」
「這いつくばってここまで来たのよ。うひひひひひ~弓彦く~ん。私の愛が詰まったチョコを食べてぇ~ん」
世界は自力で縄をほどき、弓彦に抱き着こうとした。だが、アルスが弓彦の前に立ち、世界を窓へ投げ捨てた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ‼また来るわね弓彦く~~~~~~~~~~~ん」
「来なくてよい」
と、アルスは落ちていく世界を見てこう言った。
「大変だな、毎年毎年」
「ああ。おかげで今日は疲れそうだよ……」
弓彦は浦沢にこう言った。
休み時間。アルスは三毛にこう聞いた。
「今更だが、バレンタインデーってなんだ?」
「バレンタインデーは女子が好きな人にチョコを送る日だよ。まぁ今は友チョコって言って女の子同士でチョコの渡しあいをするのがあるけど」
「ほー、愛の代わりにチョコを渡すのか。だから今日の世界は無駄に張り切っているのか」
「まぁやってることはいつもと変りないけどね」
二人は溜息を吐き、こう言った。
「次は体育の授業だから、更衣室行こ」
「そうだな。まぁ流石に世界も男子更衣室にはいかんだろう」
と、会話をしながらアルスと三毛は女子更衣室へ向かった。
その頃、弓彦は着替えの為に男子更衣室へ向かった。開いているロッカーを探していると、目の前に鍵がかかっていないロッカーを見つけた。
「ラッキー」
弓彦がそのロッカーを開けると、中には世界が入っていた。
「ここに来るのを予感していたわ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
ロッカーに入っている世界を見て、弓彦は悲鳴を上げて後ろに下がった。その悲鳴を聞いた他の男子生徒が様子を見にやって来た。
「うわ!桂川がロッカーの中で挟まってるぞ!」
「いや、あいつの事だし自分であの中に入ったんだろう」
「というか、よく弓彦が使うロッカーが分かるな。もしかして超能力者?」
そんな声が響く中、世界は弓彦に近付くために動き出そうとした。
「今年こそは私の愛がぎゅっと詰まったチョコを……あれ?」
ロッカーから抜け出そうとしている世界だが、なかなか出れなかった。
「あれ?ちょっと、嘘でしょ?えい、えいえいっ!挟まっちゃった……入る時は余裕だったのに……弓彦君、ちょっと……」
世界がロッカーを相手に悪戦苦闘する中、弓彦は逃げていた。
「弓彦君、ここから出るの手伝ってくれない?あれ?いない……すみませーん。誰か助けてくださーい。助けて……え?誰も来なくね?ちょっとォォォォォォォ‼助けて、ヘルプ、ヘルプミー‼いやああああああああああああああああ‼授業が終わるまでこのままでいるなんて本当にいやああああああああああああああああああああああ‼」
世界の情けない悲鳴が、男子更衣室で響いた。
昼休み。弓彦は世界から逃げるため、屋上へ来ていた。
「ここまでくればあいつも来ないだろう」
「あいつって誰?」
後ろから声が聞こえ、弓彦は世界かと思ってびくっとしたが、声の主は縄でぐるぐる巻きにされた平塚と雍也だった。
「……何やってるんですか?」
「バレンタインデーチョコを貰いに」
「同じく」
「で、変な事言ってこうなったんですね」
「そゆこと~」
あほらし。弓彦はそう思い、弁当箱を開けて食事を始めた。
「え?この状態で飯を食う?」
「俺放置プレイ苦手なんだよ。助けてくれ~」
「分かりましたよ。飯食ってから助けます」
弓彦は馬鹿二人にこう言った。その後、食事を終えた弓彦は馬鹿二人を縛っている縄をほどいた。
「いや~、ありがとね弓彦~」
「これでやっとナンパが再開できる‼」
そう言って馬鹿二人は急いで屋上から出て行った。
「今度は助けないんで」
去っていく馬鹿二人の背中を見て、弓彦はこう言った。その時、背中から寒気が襲った。弓彦は察した。この気配は世界だと。
「弓彦君、やっと二人っきりになれたわね」
弓彦の背後から近寄った世界は、そのまま弓彦を押し倒した。
「愛情がこもったチョコを上げる。そのついでに私の初めても上げるわ」
「いらねーよ!そんなもの‼」
弓彦は世界を突き放し、急いで屋上から逃げて行った。
「弓彦君……どうやってチョコを上げればいいのかしら?」
屋上に残された世界は、ぽつりとこう呟いた。




