勇者、学校へ行く
アルスが召喚された翌日。
「ふぁあ……おはようございます……」
あくびのせいで出てきた涙を拭きながら、アルスは階段から降りてきた。アルスの声に気付いた弓彦は、アルスの方を振り向いた。
「あ、おはようアルス」
「おはよう弓彦。何をしているんだ? 朝から忙しいな」
アルスは急いで身支度を整える弓彦を見て、こう言った。
「今日は学校なんだよ。遅れそうだから、もう行くね!」
弓彦は慌てながら靴を履き、玄関を開けて出て行った。
「もう、寝坊するなんてねー」
「夜遅くまで本を読んでたからねー」
姉と母がこう言った。その時、アルスは玄関に袋が置いてあるのに気付いた。
「何だあの袋は?」
「どれどれ……あ、弓彦の体操着じゃん。あいつ、忘れてったな」
「どうする? 世界ちゃんに頼む?」
「今さっき弓彦の後を追って走って行ったわよ」
「仕方ない。私が行ってくる」
アルスの言葉を聞き、姉は驚いた。
「え? 学校の場所が分かるの?」
「分からんが、とりあえずあいつの姿を見つければいいんだろう? 分からなくなったら、人に聞く」
と、アルスは弓彦の体操着が入った袋を持ち、外に出てしまった。だが、すぐに家に戻ってきた。
「どうしたの?」
「着替えるの忘れてた」
と言って、アルスは急いでパジャマから普段着に着替えた。
数分後、アルスは外に出て、学校を探し始めた。とりあえず人に聞こうと思い、アルスは近くを歩いていたジョギング中のおっさんに話しかけた。
「すまん、学校はどこにあるか教えてくれ?」
「はへ? 君は学生さん?」
「学生ではない。勇者だ」
この返事を聞き、おっさんはしばらく黙ってしまった。
「え……えーっと……勇者さん。学校はここから逆の方角ですよ」
「そうか、ありがとう!」
「近くに天下り公園ってのがあるから、そこが目印だよー」
「ありがとう!」
と言って、アルスは猛ダッシュで去って行った。その姿を見て、おっさんは小さく呟いた。
「帰って二度寝しよう」
その頃、学校にて。弓彦はカバンを開けて荷物を出していた。
「あれ? まじか……体操服忘れた」
弓彦はスマホを取り出し、家族に連絡をした。
「あ、もしもし母さん? 実は体操服忘れてさ……」
「大丈夫よ。今アルスちゃんが向かったから」
「アルスが? アルスって学校の場所分かるのか?」
「分からなくなったら人に聞くって言ってたから、大丈夫なんじゃない? じゃ、アルスちゃんが学校にきたら、ちゃんとお礼言うのよ」
「あ、ちょっと待って母さん!」
弓彦は母を止めようとしたのだが、電話は切れてしまった。
「本当に大丈夫なのかな……」
「どうした弓彦?」
その時、弓彦の友人の浦沢がやってきた。
「ああ、体操服忘れたんだけど、昨日異世界からきた女勇者が届けにくるって言ってたんだよ」
「へぇー、そんなアニメみたいなことがあるんだな」
「呑気なこと言わないで、おかげでこっちは大変なんだから」
と、世界が会話に乱入してきた。弓彦はため息を吐き、世界の方を見た。
「大変なのはお前だけだろ」
「同じ家に住んでいる以上、いつか間違いを犯すと思うわ」
「そんな気はないから安心しろ」
「いいえ。今はそうかもしれないけど、いつか弓彦君があの女に発情して、いつ夜のベッドでフィーバーナイトするか分からないわ」
「何だよフィーバーナイトって?」
「はぐらかした表現で分からなかったかしら。簡単に言えば……セッ」
「それ以上言うな!」
その時、連絡のチャイムが鳴った。
「1年3組の崎原弓彦君。家族の方が及びです。大至急きてください」
「何だこの機械は? これで弓彦に声が伝わるのか?」
「ええ、まぁ」
「おーい弓彦‼ 忘れ物を届けにきたぞ‼ 早く取りにこい‼」
と言った後、放送は切れた。
「ちょっと行ってくる」
「大変だな、お前」
教室から出ていく弓彦を見て、浦沢はこう呟いた。
放送室の近く。弓彦は仁王立ちで待っているアルスを見つけた。
「おお弓彦。やっときたか」
「よく学校が分かったな」
「親切なおっさんが教えてくれたんだ」
「それならいいけどさ……」
弓彦は後ろにいるクラスメイトたちを見て、こう言った。
「何で皆がいるんだよ」
「いやー、お前が言ってた女勇者がどんな子かって気になってさ」
「殺す……殺す殺すコロスコロスコロスブッコロス!」
世界が狂気と殺意をむき出しにし、アルスに襲い掛かった。
「またか……」
アルスは呆れたようにこう言った。襲ってきた世界に対し、攻撃をかわした後、窓に向かって蹴り落とした。
「おい、あれはやばいだろ‼」
「大丈夫のようだ」
アルスは窓の下を見るように促した。外には、壁にへばりついている世界の姿があった。
「なんか段々と世界が恐ろしく見えてきた」
「いや、俺は前から世界がモンスターのように見えるが」
弓彦と浦沢はこう言った。
その後、弓彦はアルスを学校の出入り口に送って行った。だがその時、クラスの女子が弓彦を引き留めた。
「ごめん弓彦君、アルスちゃんにお願いがあるんだけど……」
「どうした? 私にできることなら何でもするぞ」
「じゃあ……今日、野球の部活で他校と練習試合するんだけど、主要メンバーの一人が熱出しちゃって出られないの。できたら、代わりに出てほしんだけど」
「分かった」
即答したアルスだったが、弓彦はアルスにこう言った。
「お前、野球のルールとか分かるのか?」
「聞けば一発で分かる。私の頭脳を甘く見るな」
フフンと笑いながら、アルスはこう言った。
放課後、グラウンドにて。アルスは貸し出し用の体操服を着ていた。
「ほう。結構動きやすい服だな」
「アルスちゃん、ルールブックここに置いてあるけど、全部読んだの?」
「ああ、ルールは理解した。で、敵はどこだ?」
「あそこ」
女性生徒が指をさす方向には、他校の生徒の姿があった。他校の生徒は、すでに試合の準備を終えていた。
「今日という日を楽しみにしていた」
「貴様らに敗北という烙印を押してやろう……」
「ククククク……早く試合させろ……早くホームランを打たせろォォォォォ‼」
個性的な他校の生徒を見て、弓彦は小さく呟いた。
「なんか怖い……」
「と……とりあえず整列しよう」
その後、整列をして挨拶をした後、試合は始まった。しばらくし、アルスの打順になった。
「アルスー、頑張れよー!」
「任せておけ!」
アルスはバットを剣のように振り回しながら、こう言った。そしてバッターボックスに立ち、投手の方を見た。
「ど素人が‼ 私が投げたボールが打てるはずがない‼」
相手投手は勢いよくボールを投げた。だが、アルスはそのボールと打ち返した。その結果、ボールは高く打ちあがり、そのまま場外へ飛んで行った。
「場外ホームランです」
味方の方から、歓声があがった。その後もアルスは打順が回るたびに、ホームランを打って行った。その結果、8回表まで33対4という、恐ろしい結果になってしまった。
「阪○関係ないやろ‼」
「その話は止めろ‼ 苦情がくる‼」
相手チームは困っていた。あんな優秀なバッターがいるなんて、予想していなかった。
「どうしよう。中二病っぽく出てきてカッコよく勝利して帰ろうと思ってたんだけど」
「これじゃあ無理よね」
「早く家に帰りたい」
相手チームの中で、ネガティブな空間が広がっていた。その時、何者かが現れた。
「あなたたちに協力しましょうか?」
「誰?」
「私は桂川世界」
「あなた……敵の方の学校の人よね?」
「そんなのはどうでもいいわ。私はあの女を殺したいだけ」
「殺すって……物騒なこと言わないでよ」
「いいから黙って私の言うことを聞きなさい‼」
とまぁ、そんな感じで世界は無理矢理相手チームの助っ人になってしまった。この様子を見て、弓彦は完全に呆れていた。
しばらくし、アルスの打順となった。
「あいつは何を考えているんだろうか? 理解できん」
アルスも世界の行動を見て、呆れていた。
「きたわね。(ピーーー!)女」
「うわ、放送禁止用語だ」
「下品なことをいう女だな。とっととボールを投げろ」
と言って、アルスはバットを構えた。それに対し、世界は不気味な笑顔で爆弾を持った。
「タイム! タイムタイム‼」
弓彦が慌てて二人の間に入った。
「世界! それボールじゃないだろ、何だそれ⁉」
「何って爆弾よ。あの女を宇宙の塵にしようとして」
「どこかの戦闘民族の王子のようなことを言うな!」
「だって……あの女に弓彦君を渡したくないんだもん」
「甘えた声で言うな、爆弾のせいで怖く見えるわ‼」
「もういいか? 私はやる気満々だが。この際ボールだろうが爆弾だろうが何でもいい。早く投げろ」
「何でもよくねーよ! ちょっと待って、今大惨事を防ごうとしてるんだから‼」
「とにかく、もう投げるわね」
世界は投げる構えを取った。弓彦は慌てながら世界を止めようとしたのだが、もう遅かった。
「あああああ‼ 学校がァァァァァ‼ この学校その物がァァァァァ‼」
投げられた爆弾はアルスに向かって投げられた。アルスは左手に光を発し、爆弾に手を向けた。
「ハァッ‼」
光は爆弾を包み込み、空へ上がって行った。そして、爆弾は上空で爆発した。
「す……すげぇ……」
「何これ? 現実?」
「つーか爆弾作った奴誰だよ⁉」
校内が騒ぎ始めた。相手チームは悲鳴を上げ、逃げて行った。その直後、チャイムが鳴った。
「崎原弓彦君、桂川世界さん。それと弓彦君の連れの女の子。今すぐ職員室にきてください。い! ま! す! ぐ! にッ‼」
その後、弓彦とアルスは帰り道を歩いていた。
「今日は大変だったな」
「大変だったのはお前だろ? 俺の忘れ物を渡しに行ったのに、野球の練習試合の助っ人を頼まれたうえ、世界から学校を救ったんだ」
「何、たいしたことはやってない。モンスターと戦うより楽だ」
「そうか。それより、これからどうするんだ? 俺と同じように学校に行くのか?」
「学校か……」
しばらく考えたが、アルスはこう答えた。
「学校はいい。学ぶことは全て向こうで学んだ」
「じゃあこれからどうするんだ?」
「働こうと思う」
「働こうとしても……この世の中、高校を卒業しないと楽に就職できないぞ」
「マジか。なぁ弓彦、どうやったら高校生になれる?」
「勉強するしかないかなぁ」
「分かった。よし、頑張るぞ‼」
アルスは気合を入れ、声を上げた。
その頃、世界は職員室で叱られていた。
「いいですか桂さん⁉ あなた、他行との練習試合に乱入して、爆弾で弓彦君の居候を爆殺しようとした‼ これは立派な犯罪です‼ 警察に通報しないだけでもありがたく思いなさい‼」
「私は罪を犯してでも、あの(ピーーー!)女をぶっ殺したかっただけです‼」
「女の子がそんな言葉を言うんじゃありません‼ というか、ぶっ殺すとか野蛮な言葉を使ってはいけません!」
「先生、そろそろいいですか? 早く帰って弓彦君の監視をしないと‼」
「爆弾製造、爆殺未遂、そんでもって隠し撮り!? あなた、どれだけ罪を重ねるつもりですか⁉」
「弓彦君を守るためなら、犯罪の一つや二つ、犯しても平気です‼」
「あなた一体どういう神経しているんですか⁉」
とまぁ、こんな感じで先生と世界の言い争いが三時間ほど続いたんだとさ。
その日の夜、弓彦は寝るために二階の自室に向かおうとした。すると、書斎の電気が付いているのを見た。
「誰かいるのか?」
部屋に入ると、アルスが椅子に座りながら、眠っている姿があった。机の上には、高校受験対策の本や、書きかけのノートとシャーペンが置かれていた。勉強の途中で寝たのかと思い、弓彦はアルスの肩を叩いた。
「こんな所で寝ると、風邪ひくぞ」
「何者だ⁉」
寝ぼけたアルスが、セイントシャインを装備し、斬りかかった。
「俺だよ俺‼」
「弓彦か……」
「セイントシャインをしまえよ。勉強はどうだ?」
「大体は理解した。だが、今はとてつもなく眠い」
「もう遅いからな」
アルスは立ち上がろうとしたが、バランスを崩して倒れかかった。
「おっとっと」
「大丈夫か? 姉さんの部屋まで支えてってやろうか?」
「平気だ。今日、お前には迷惑をかけた。今日の最後まで、迷惑をかけては……」
「俺は気にしてないから。こっちに転移してまだ日が浅いだろ。それに、今日は野球もやったんだし」
「それもそうだが……」
「休む時は休め、勇者も人の子なんだから」
と、弓彦はアルスと共に、姉の部屋に向かった。
「姉ちゃん、アルス連れてきたんだけど」
「うん。布団の用意できたからいつでもいいよー」
「すまなかったな……弓彦」
「ああ。気にすんなよ。じゃ、お休み」
弓彦はそう言って、自室に入って行った。その後、アルスは布団の上に座り、姉にこう言った。
「なぁ……弓彦はいい奴だな」
「まぁね。生意気な所もあるけど、まぁ悪い奴じゃないからね」
「そうだな」
「でも気を付けなよ。あいつ、ああ見えてエロい本とか隠し持ってるから」
「エロい? 破廉恥なってことか?」
「そう」
「何でそんなものを持ってるんだ?」
「男はそういう生き物だよ」
その時、弓彦が部屋に入ってきてこう言った。
「何言ってんだよ姉ちゃん! というか、何で知ってるの?」
「ちなみに、場所は机の引き出しの二番目。資料の一番下にエロい体つきのグラビアアイドルの写真集が二冊ある」
「何で知ってるの⁉」
「暇な時見てるからねー」
「勝手に人の部屋に入るなァァァァァ‼」
話を聞いていたアルスは、頬を赤くして弓彦にこう言った。
「エロ野郎」
「グッ……こう言われると何も言えない……」
しょんぼりした弓彦は、自室に戻って行った。その後、姉はアルスにこう聞いた。
「明日からどうするの?」
「高校に入るために勉強する」
「そっか、頑張ってね」
「うむ」
そう言った後、二人は眠った。
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