一章 砂時計の針 4
必死に言い訳を考えた康矢だったが、ふと自分の後ろにある気配が動いた。
『城において、様子を見てみては? 先程の空気、自分も気になります』
似合わない隠密に動いていた渓だった。姫と従者、二人と見せかけて、渓は隠れながら護衛をしていた。渓以外にも、もうあと二、三人いるのだろう。言うだけ言うと、渓はまた気配を消した。玖に見つかると、護衛の意味がなくなるからだ。考えた結果、康矢は告げる。
『分かりました。城主様には、私からもお話ししてみましょう。旅の方々は、皆さんだけでしょうか?』
康矢の言葉に、玖は目に見える安堵を示した。しかし芸者たちはまだ驚いている。
『いいいいいけません姫様! こんな旅の芸者を城に呼ぶのは!』
『そのお言葉だけで、私たちは光栄に御座います!』
『良いから! みんなおいで』
玖の言葉に芸者たちはあたふたし、誰も返事ができないでいる。もちろん、城に呼ばれるのは名誉あることだが、ひとたび城主の機嫌を損ねれば、自分達の首が飛ぶ。ただ楽しんで音を奏でていたいものたちには、大役過ぎる。
どう答えればいいのか考えているうちに、玖の顔は変わっていってしまう。
『おいでよ! あんまりやりたくないけど、命令なら聞いてくれる?』
『えっっ!! あ……』
玖は芸者たちの気も知らずに、腰に片手を当てて、指をピシッと琵琶奏者に向けていい放つ。
『淡桜の姫として、命じます。そなたたち、城に来なさい!』
決まった! と、得意気な顔で、玖は四人の芸者を見渡した。
芸者はそれぞれ、真顔で光栄だと言う者、頭を下げる者、泣き出しそうな顔をする者といて、その中でただ一人、雪だけは笑顔だった。とても見事な、綺麗な笑顔だったためか、今度は玖が固まってしまった。
女二人で何を見つめあっているんですかと言わんばかりに、康矢が玖の袖を、他から見えないように軽く引っ張る。その合図に玖は動き出すが、心なしか顔が赤い気がする。
(まったく、美人に弱いんだから)
ちょっと呆れ気味の康矢だが、城下に出て風邪を引かれてもかなわない。玖を城に戻すための方便を使う。
『姫、我らは先に戻って城主様に話をしておきましょう。部屋も準備させなければ』
『う、うん。そうしましょう。じゃあ、またあとで琵琶の音、聴かせてね?』
『はい、玖姫様。ありがとうございます』
そのまま城へ帰ろうと康矢がきびすを返したとき、玖は半回転をした。
『あ! ねえ、あなた!』
康矢に背を向けて、雪に話しかける。雪はさっきほどではないにしろ、笑顔のままだった。
『は、私ですか?』
『そう! あとで二人でお話ししましょ?』
『え?』
康矢は心底驚いて振り向いた。しかし振り向いた先には、笑顔で約束を交わす二人がいる。
『はい、喜んで。とても光栄です、姫様』
『約束だよ』
…………あのときの綺麗な笑顔はどこへ消えたのか、今の表情とは全く違う。
雪と出会った頃のことを思い出しながらも、康矢は今自分がすべきことをやる。
「雪? 部屋へ向かいますよ?」
湯と椀を康矢が持ち、茶菓子を雪に差し出すと、雪はぎこちない動きで茶菓子の乗った盆を両手で持つ。隣国の姫へお出しする物、落とされても困るので、康矢は仕方なく助けることにした。
「雪、ひとつ教えましょう」
その言葉に、雪はやっと柔らかな動きを見せた。固い行動も面白かったが、仕方ないと言わんばかりに康矢は口を開いた。