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幕間 星迷宮と祈 17

 元々魔法が使える者にはもちろん、少しの魔法が使えなくても体内に魔力はある。使いこなせないだけで、それを操るすべを知らないだけで、生き物には魔力が存在するとされる。動物も植物もだ。


 ──時は少し遡る。

 定孝がエレナを城壁に吊るすよう部下に指示して、部屋で殿と会っていた。殿は機嫌の悪さをかけらも隠さず、机を叩いている。部屋付きが持ってきたお茶を差し出して声をかける。



「落ち着いてください、殿。手を痛めます」

「黙れ定孝!」

「あんなのに乱されないでください」

「お前は何も知らんから言えるのだ。アレがその身に膨大な魔力を秘めていたことを!」

「!?」



 たしかに、マーラを殺してしまったときにマーラの身体ごとレナに魔力が収められていた。元々レナにどのくらいの魔力があったのかはわからないが、少なくともマーラの魔力は持っていたはず。殿はそれを知っていたのか、はたまた見えていたというのか?



「魔力があったなら途方もない力が祭壇におさめられたものを!」

「それは……たしかに……」



 鈴蘭の未来を思えば、血と魔力はすべて祭壇へ捧げなければならない。またとないチャンスだった。



「あの小娘あの魔力をどこへやったのだ……お前の兄は知らぬのか?」

「それは……知らないと思います。取り乱していましたし、おそらく首は祭壇へ、体はどこか静かなところに埋めたかったのかと…」



 昔の、懐かしい兄の姿を思い出せば、考えていそうなことはすぐに思いつく。逆に今自分自身がどうしたいかは、闇が広がりすぎて分からなくなっている。



「このときばかりは藤野見の能力が惜しい…」

「殿……俺は何をすればいいですか?」



 そんな定孝の心を知ってか知らずか、殿はにらみつけるようにして定孝を見る。



「お前は兄を痛めつけて吐かせられるか? アレは藤野見の拷問にも耐えた男だ」

「……難しいです。すみません。」

「監視は怠るな。なにか分かれば速やかに報告するように」

「かしこまりました」



 兄が拷問を受けていたなど初耳だった。驚きはしたものの、今となっては悲しみが来ない。定孝が兄を拷問するなど考えられないが、必要と言われたらやらねばならない。藤野見の拷問を耐えたと言っていたが、藤野見は何をしたのだろうか?


 殿はそのまま部屋の外に出ていった。地下牢にいる兄に聞きに行くことをすべきだろうが、いまそれをしたくなかった。決別したようなものだ。今更どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 失敗はできない。後戻りもできない。前を見て進むだけ。どんなに難しくても、それをやると決めたのは定孝自身だ。

 兄の部下たちがあげた報告書を読んで、エレナを見つけた場所を確認して調べる。淡桜との国境に魔力を使った残滓は認められたが、定孝の魔力程度では何に使われたかまでは特定できなかった。城から離れた国境門に、殿は足を運ばない。推測ではなく分かったことだけを報告した。



「……お前は私に逆らわない、そう誓ったはずだぞ」

「はい。俺は殿……あるじ様には逆らいません」

「忠誠を誓ったな」

「はい。誓いました」

「お前は藤野見の代わりだ。アレよりも私に尽くせ」

「藤野見様よりお役に立てるように尽くします」



 報告書に目を通した殿は、定孝を罰さなかった。代わりというように忠誠と誓いを確認させる。再確認させることによって、薬は脳の内部にまで食い込んで麻痺させる。いつ、何度飲んだかは関係ない。飲んでしまったそれは再確認によって引き起こされる。たとえ片方が意識していなくとも。


 三日後、定孝は魔法でエレナを燃やした。見物人はいなかったと思う。魔法を使うのも勿体ないという者もいたが、定孝にとって兄が出てくる方が煩わしく、数分と待たずに燃やし尽くす方を選んだ。何食わぬ顔をして年若い、自分と同じくらいの少女を燃やした。きっと周りにいた兵士には、エレナを燃やすことが定孝への罰に見えただろう。拍手をするものはいなかったが、よくやったと言わんばかりの声がチラホラ聞こえた。

 エレナを吊っていた縄が燃え、エレナも地に落ちた。死んでいるからこそ声はないものの、誰かが非難してくるような視線を感じた。それでも気にしないように拳に力を入れて、燃えているそれを踏み潰した。早く消えてほしい一心だった。灰となり、風に連れられて何処かへ行ってほしかった。あるいは、その地に沈んでほしかった。



(はぁ……終わった…………これで、次にいける)



 そして定孝は止めていた桐雪たちの淡桜送りを決行することにした。主人あるじの信頼を回復させるには持っている手札を使わなければならない。兄に頼れないならもうこちらしかない。体術の訓練場へ出向いて指示を飛ばす。今までは藤野見が部下にやらせていたことだが、この度定孝は自分ひとりで向かった。



「……ということです。延ばしていた淡桜の重要人物の首、もしくは身柄を拘束してきてください」

「定孝様、藤野見様はどちらへ?」

「藤野見様にも要望を出したんです。そちらはどうなりましたか?」

「我ら四人が作戦を失敗した場合は……」



 自分よりいくつか年上の少年少女に囲まれつつも、定孝は精一杯答えた。けれど任せ切りだったので答えられないことも多々あり、彼らの信用はおそらく取れなかっただろう。



「準備ができ次第出発してください。旅荷物は……」



 とにかく早く出発して結果を出してほしかった。実力は申し分ないと藤野見も殿も他の幹部も口を揃えていたから心配していない。定孝は書面上で確認したに過ぎないが。



「定孝様、我々が任務に失敗した場合、戻ってくることは可能なのですか?」



 四人のうちひとりが、背をピッと伸ばしてはっきりと聞いてくる。他の三人も、それを聞きたいとばかりに真剣な表情だ。

 子どもたちに与えられる任務のうち最重要は成功したかどうか。その次に重要なのは、帰ってこられるかどうかだ。帰ってきたあと、有力になる情報があれば帳消しになる可能性が残っている。けれど、こうも力ずくで追い出そうとしているとなると、その保証がない。彼らは、約束してほしかった。だけど。



「行く前から失敗するなど口にするな!! 俺も殿も、この作戦には重要性を持っているんだ!」



 とてもイライラした。普段とは違う口調になってしまったし、くるりと背を向けてしまった。でももう振り向けない。定孝はそのまま走って逃げた。後ろで桐雪がどんな顔をしていたかも知らず、四人がどんなことを話していたかもまた知ろうともせずに。


 

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