幕間 星迷宮と祈 14
鬼畜発言描写あります。
色々妄想で補っています。
夢を見ているようだった。血溜まりの中で、兄はなんとなく、さきほどより幼い姿で微笑んでいる。
自分と同じくらい? それとも自分より下?
なんとも言えぬ懐かしい姿だった。そんな兄が足を動かすとべちゃべちゃと音がする。雨上がりの水たまりのような爽快感はなく、泥水のようなそれより重い不快感だ。
「どうして戻ってきちゃったかな……そこまでコイツに信頼を置いてた?」
「え……? は……?」
言葉にならないまま兄と目を合わせる。ずっと、この三年間、藤野見と城主から兄はお前を捨てただとか、会いたくないだとか聞かされてきた。けれど兄本人に言われたわけじゃなかったから、心に蓋をして頑張って耐えてきた。なのに。今になって役立たずと言われてしまった。
このあとどういう顔をしてどんな言葉をかければいいのか分からない。なにより藤野見は死んでいる。気にかけて、アドバイスをくれた、頼ってきた相手はいない。
「ふにゃー」
「あ……ネコ……」
「コイツ……いいかげんにしろよ!!」
秀孝の荒れた声に驚いたネコが逃げるより早く、定孝がネコに向かって手を伸ばすよりも早く、秀孝は刀を振った。びちゃ…という音がした気がする。ネコは血溜まりの中に落ちて動かなくなった。
「あ……」
「はぁっ、はぁっ」
肩を上下させて激しく息をつく。ちらりと定孝に目を向ければ、今まで決して見たことのない表情で怯えている。
『怖い怖い怖い怖い、怖い!! なんで兄さんが? なんでネコまで!?』
「ネコ……? お前ネコが好きなの? でもこいつは変身した薬室の下っ端だよ? 姿を変えられる魔法を使ってた……いや使われてたのかな? どっちにしろお前の心を読もうとした藤野見の策だけど」
兄の説明をちゃんと聞けていない。恐怖心でいっぱいだった。ネコを入れて死体は三つ。生きているのは兄弟。そのうち兄は血に濡れた刀を持っている。間違いなく自分も殺されると思う。どうやって兄を止めればいいかよりも、どうやって逃げだせばいいかのほうが気持ちは強く傾いている。
「で……でぐ、ち……」
出口を探しても先に足がもつれてしりもちをつく。いつもの硬い床ではなく、べちゃん……と血だまりに落ちる。藤野見の血がまとわりついてくるようで、恐ろしくて仕方がなかった。
「うわあぁぁぁ!!!!」
「静まれ」
「!!」
「なかなか報告が来ないから様子を見に来てみれば、これは予想以上の結末だな」
「じょ、じょうしゅ、さま……」
怯える定孝の後ろから、何でもないことのように城主が見下ろしている。血溜まりを見ても鉄錆の匂いをかいでも表情を変えない。むしろ嗤っているように見える。
「この程度で怯えていてはこの先なんの任務にもつけぬぞ?」
背中がぞわりとした。今後この血まみれ以上のことを見届け、始末しなければならないのか。藤野見が死んだということは、そういうことなのだろう。だけどなぜ、兄は藤野見を殺したのだろうか。そもそも兄は薬を飲んで気絶していたはず。定孝がネコを探して歩き回っている間に、起きて何かあって殺したのだろうか?
「ご苦労だった。お前の忠誠心は見せてもらったぞ」
「はぁい」
「えっ」
定孝だけが話についていけないまま、兄と城主は言葉を交わしている。兄は固くかしこまった喋り方ではなく、かと言って弟に対するような安心させる喋り方でもなく、気安い、自由な話し方だった。
「お前に飲ませた薬の作り方は処分しろ。あれは必要ない」
「分かった」
「兵士たちに飲ませる分は量産させるように伝えておく。先代の秘密を知るものはもういないはずだ」
「城主様って呼び方は好きじゃないんだっけ? うーん。じゃあボクは殿様って呼ぶよ。殿様も約束は守ってね」
「分かっている。これ以上お前たちには何も飲ませさせない。使える兵士が居なくなるからな。茨姉妹の妹は見つけ次第殺せ。あれも秘密を知っているものの一人だ」
「……分かってる」
「ではお前の弟は預かるぞ」
「……定孝、しっかりやって」
城主との会話のうち、ちらちらと視線を定孝に向けていたが、最後の一言は完全に顔を背けていた。ぼぅっとして聞いていたけれど、強く腕を城主に掴まれてハッとした。
「ま、待ってください!! 兄さん待って! 話を!!」
城主の手を振り解けるわけもなく、ずるずると血溜まりの薬室から遠のいていく。鼻についたままの血の匂いが、地上に出て薄れていく。
「定孝、お前は鍛え直す。藤野見に教えられたことは洗いざらい全て吐いてもらう。我のことを城主と呼ぶのは今日限りでやめるように」
「かしこまりました。城……殿様」
とっさに兄が使った呼び名を唱える。フン、と鼻で笑ったのか何も言われなかった。でも自分にその呼び名は何故かしっくり来なかった。呼び続ければ慣れるようになるのか……と考えたところで、藤野見がなぜ呼び名を変えていたのかが気になってきた。しかし聞ける相手はもういない。兄と殿の会話を聞いていて思ったけれど、藤野見を殺すように兄に命令したのは殿かもしれないと考えた。考えれば考えるほどわからなくなっていく。その考えが顔に出ていたのか、殿は城に戻ろうとする足を止めた。
「今までの任務と境遇に対して、一つ褒美をやる。質問は何だ?」
突飛な発言だった。まさか殿じきじきに褒美が出るとは思わなかった。色々聞きたいことはあるが、許された質問は一つだけ。何を聞けばいいのか考えても、今の頭ではまとまらない。ほとんど何も考えられずに、定孝は口を開いた。
「藤野見様は、信用できない人間だったのですか?」
ありがとうございます。




