一章 砂時計の針 3
「あれ? 雪?」
「散々ビビらせましたからね。今は般若ではなく、おかめだと言うのに」
「ビビらせたんですか?」
「玖姫と一緒に、登流が付けているお面の話をしたのですが、どうやら怖さを植え付けてしまったようです。雪は翁の一種類しか、見たことがありませんでしたから」
「二回か三回くらい会ってるはずなのに、一種類しか見てないっていう雪もすごいと思うけどね」
「……人の顔に何てこと言うんですか」
「ま、そろそろ我々も屋敷に入りましょうか。騎士たちをここに座らせる訳にもいきませんし、そろそろお茶を淹れましょう」
「嬉しい! 康矢くんの淹れるお茶は本当に美味しいですから!」
「光栄です、緋名姫」
「部屋に雪いるかなぁ」
ぞろぞろと一行は屋敷に入って行く。
そのまま玖と緋名、登流は部屋へ向かう。康矢は途中で調理場へ行き、湯を沸かそうとする。しかしすでに湯は沸いていて、用意しておいた椀も茶菓子も揃っていた。
「本当に準備していたんですね」
こちらの声が聞こえているのかいないのか、ちょっと怪しい。そこにいたのは少し白い顔をした雪で、身体全体がふるふると揺れている。
玖が言うように、確かに雪は美人の部類に入る。城に来る前は旅をしていたというが、お金は芸をして稼いでいたと言う。
芸をして淡桜に入り、最初に見つけたのは玖だった。城下を康矢と散歩していた時だ。それは康矢も覚えている。
『ねぇ康矢! この音は何? なんの楽器だろう』
祭りの時期でもないのに、何やら音が届いてくる。べんべん!と鳴っていたが、玖と康矢の知る三味線のような軽い音ではなかった。一緒に聴こえてくる小太鼓の音より、重そうに聴こえた。
人だかりの後ろの方から覗き込んでいると、玖と康矢に気付いた町民が、前へどうぞと譲ってくれ、結果、最も見やすいところまで来てしまった。
芸をしているのは、四人。楽器を弾くものが二人、合わせて踊っているのが二人。
始めは気付いてなかった芸者たちも見物人のざわめきに顔をこちらへ向ける。思わぬ人物を見たようで、音は止まってしまった。
一瞬、何やらピンとしたものがあったような気がした。けれどそれはすぐに消えてしまい、康矢には違和感しか残らなかった。背後も、何もない。
『止めてしまってごめんなさい。その、丸っこい楽器、何て言うんですか?』
そんな空気などなんのその。気になることは聞いてしまわないと気がすまない玖は、ちょこちょこと歩いて、その楽器の前にちょこんと座る。
あっけに取られているのか、緊張しているのか、楽器奏者は口をパクパクさせるばかりで、声が出ていない。そこで口を開いたのが、踊っていたうちの一人。雪だった。
『この楽器は、琵琶といいます。玖姫様、お初にお目にかかります』
雪に答えてもらったことが嬉しいのか、玖はおっかなびっくりしながらも、琵琶に触れる。琵琶奏者はゆっくりと指を動かし、琵琶の音を、玖と周りにいる観客に届ける。
ひとしきり聴いたあとだったか、玖がいきなり康矢の顔をのぞきこんできた。嫌な予感がする。大抵康矢のこの予感は当たる。
『康矢、この人たちを城に招待しよう!』
ええっと声を出したのは康矢だけでなく、芸者もだった。予期せぬ言葉に耳を疑う。雪も、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
『もっとお話がしたいの。父さまにも琵琶の音、聴いてほしいし。ね、良いでしょう?』
いいでしょうもなにも、姫にここまで言われてしまうと、町民たちの手前、ダメと言いづらい。