幕間 星迷宮と祈 11
更新はいけそうなときにしますすみません!
薬室には驚くほどあっさりと入ることができた。なぜか許可がおりたのだ。初めて入る薬室はよくわからない植物や水槽が並んでいる。明らかに毒を放出していそうな光が点滅していたりして、早く外に出たいという気持ちが強まる。働く研究員たちは、許可を得たとはいえ部外者である秀孝に見向きもしない。みんな机にかじりついていて不気味なほどだ。
「あの……僕の弟を知りませんか?」
「…………」
「藤野見…様を知りませんか?」
「…………」
声をかけても誰も反応しない。仕方なく肩に手を乗せようとしたとき、横から手が伸びてきた。
「……止めてもらえますか、皆集中しているんです」
薬室の主、藤野見だ。近くに定孝は居ないようでひとりきりだ。けれどそれが余計に気味が悪い。
「私に用があると聞いていますが、何でしょうか?」
理由など見当もつかないというようなにっこり笑顔で問いかけてくる。秀孝は段々いらだってきた。じっと見つめても、頭の上には不自然なほど何も浮かんでこない。裏も表もないというようで、恐ろしい。
「僕の弟を知りませんか? ここ数日あなたと一緒に行動していたって聞いているんですけど……」
「定孝くんですね、お兄さんであるあなたを探して、寂しがっておられましたよ」
知りませんか、という問いかけはそういう意味ではない。けれど細かなことを気にしては手遅れになってしまう。
「門の任務を終えましたので弟は引き取ります。どこにいますか?」
「おや? まだ報告は上がってはいませんけど?」
「そのうち班長が行くと思います。僕を先に弟のもとに行かせてくれました」
ふぅんと考える素振りを見せて、藤野見は冷たい目で口元だけニヤリと笑う。この男のクセだろう。その笑みを見ると背筋がゾクリとする。早く帰りたくて仕方がないのに、足が動かない。
「定孝くん、どうしょうもなく使えませんでした。魔法使いの素質がありそうでしたのに、一種類がやっと。剣術も武器に振り回されて立ち上がれない。頭も悪いから薬室でも引き取れない。貴方との契約がなければお薬を飲ませたいのですが……」
「やめろっ!!」
はっとした。その言葉で立場が一気に確立してしまった。そしてその時初めて見えた、頭の上の『やっと出来たな』の文字。茨姉妹に注意されていたのに、やはり弱点はどうしょうもなく弱点だった。だけど弟は切り離せない。弟がいなければ自分が生きる意味なんかない。
「契約のとおり、弟くんに手を出されたくなかったら、あなたはこれを飲んでくれませんか?」
差し出されたのは緑色の液体。でろりとはしていないし匂いもひどそうじゃない。けれど薬室の管理者に差し出されたというだけで飲む気は失せる。
「……これは?」
「体力と素早さが上がる予定の薬です。でもこの薬は弾です。このあと五年以内にもう一度似たようなのを飲んでもらいます。そのときに爆発的に動きが良くなるはずです」
「……つまり実験台ってことですか」
「理解が早くて助かります」
かけらも悪びれることなく言い切る。しかし秀孝に逃げ場はない。自分が断ればこれが定孝へ行く可能性が極めて高い。ここでいま一度覚悟を決める。
「これを飲んで、今まで以上に役立たずを殺す任務を果たせば、弟に手を出すのは止めてください。どれだけ使えなくても、その穴は僕が埋めます」
「良いでしょう。藤野見の名にかけて、閣下に進言します」
その言葉を聞いてから、秀孝は緑の液体を飲み切る。こういうものは一気に飲まないと飲めない。コップ一杯という量ではない、およそ二十ミリくらいのちょっとした量だ。さっさと終わらせようと飲んだ。
それが酒だったと言われても違和感がないほど、一気に頭が熱くなる。方向感覚がなくなってふらりと身体が傾く。けれど倒れてはいられない。
「弟に、会わないと……」
そう言い残してバタリと仰向けに倒れる。意識は失っていないようで、目はまだ開いている。そこに、望んだ定孝が顔をのぞき込ませた。
「やす、な、り……」
「おやすみ、兄さん」
空に浮いた左手を定孝が掴む。その直後にふっと意識が飛んだ。
意識を失った秀孝を、薬室に入ってきた濃紺のマントを付けた者が運んでいく。
「部屋に?」
「ええ。彼は体術の幹部候補です。丁重にお連れしてください」
「かしこまりました」
「定孝も、良くできましたね。あれだけやれば、彼も本望でしょう」
「練習した甲斐があります。城主様にも、褒めていただけるでしょうか?」
「……そうですね。あなたの今後の働きに、みんなが期待していますよ」
定孝はもう誰もいない室内を見渡して、藤野見の後をついていく。
美味しいご飯を食べて、たくさんの栄養剤を飲ませてもらって、驚くほど軽い体を動かした。望む属性の魔法を使えるようになり、二日後に疲れがまとめて襲いかかってくるがそれを一日かけて回復させると、また動けるようになっている。ここ数日は藤野見と訓練ばかりを繰り返していた。
体術の訓練をこなす同じくらいの子供たちからは、羨ましいと言わんばかりの眼差しを受けた。藤野見という幹部が自分を見ていてくれて、一日だけ城主様も見に来てくれた。自分は他の子供と違って期待されているという気持ちが自信となり、さらに強気でいられた。はじめこそ一人ぼっちで寂しさをつのらせていたが、自信が持てるようになりその寂しさはだんだん消えていった。
それから三年、その間に定孝は史上初の十歳での幹部入りを果たした。
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