幕間 星迷宮と祈 8
こちらのページには体罰を与える部分がありますが、体罰を推奨するものではありませんので誤解されませんようにお気をつけください。
案内されたのはだだっ広い更地。剣を持ち打ち合っている大人がいれば、丸太に向かって木の棒を振り回している子供もいる。定孝が視線をまわしても兄の姿はない。しかし自分と同じくらいの子や、自分より小さな子供の姿が目に入る。
「藤野見様、あの子どもたちも、兵士なのですか?」
「ええ。鈴蘭で働く以上、大人も子供も等しく任務を受けます。もちろんランクはありますけれど」
子供が列を作って数人で素振りをしている横で、自分より小さな子供が大人と剣で打ち合いをしている。そしてその子供は大人を素早く負かして倒している。
「わぁ!」
「あの子ですか、彼は桐雪と言って、稀に見る天才ですね。女みたいな顔をして剣を使いこなせるので、暗殺者に育てています。まだ幼いので期待は大きいですね」
藤野見はもちろん城主も彼に期待をしているのかと思ったら、何故か急に桐雪が憎くなった。初めて見て、まだ会話もしたことがないのに憎悪だけは確かにあった。
「藤野見様、任務に失敗したときは、どうなるんですか?」
「失敗ですか……そうですねぇ」
藤野見は訓練場を見つめたままの定孝をちらりと見て、腰を落とし声を少し小さくして話した。
「先程任務にもランクがあると言いましたが、与えられた任務の中には当然、チャンスが一度きりのものが存在します。それを失敗したとなればその者の命を持って償わなければいけません。まぁ、それを受けられるのは手練の者たちなので滅多に失敗は聞かないですけど。他に薬草集めや食料調達など、子供でもできるものはあまり失敗はないですね。集めてきた物の多さで査定されます。手ぶらで帰還すれば罰があります。当然ですね」
ムチで打たれたり丸太の代わりに素振りを受けたりするという。痛い思いをしなければ、それがどれほど大切な任務なのかを理解しないためだという。食料調達が出来なかったり毒入りのものを取ってきた場合は、毒を試されたり食事抜きという罰があると言う。
「子供にはよくあることですね。ランクが高ければ報酬も多いですが、命に関わることになります。ムリして背伸びしても得られるものはありません。あなたのお兄さんも、失敗ばかりで初めは役に立ちませんでした。そうなると桐雪は本当に天才かもしれません。あの子はまだ失敗していませんので」
そこまで言ってから立ち上がり、私には体力勝負は無理だなぁとぼやいた。
定孝はそんな藤野見の言葉を頭の中で噛み砕いていく。実際桐雪は一度も失敗していないが、定孝の兄とは年齢も兵士となった期間も任務のランクもまるで違う。比べられることではないのだが、定孝は気付けない。何もかも、騙されて仕組まれていることに気づけなかった。
ただ兄が失敗していて桐雪は失敗していない。兄は裏切り者として処分されるかもしれないのに、桐雪は期待されているのだ。桐雪と兄の立ち位置が逆なら、こんな感情にはならなかったかもしれない。
「さ、茨の妹でしたっけ? 今見当たらないので戻って食事にしましょうか。定孝も修業を始めなければなりませんね」
藤野見は当然のように定孝を連れ薬室に帰る。定孝はそこで見たことも食べたこともない豪華な食事を出された。
「いいのですか?」
「もちろんです。閣下の許可は得ていますよ」
それに、と付け足してから定孝の耳元で囁くように言う。
「私はあなたに期待していますから」
悪魔の囁きではあるが、定孝は喜んでいる。しっかり食事を取り、藤野見から栄養剤ももらった。魔法使いには負荷がかかりやすいので、これを飲んで耐える練習をしましょうと言われれば従うほかなかった。けれどその栄養剤は甘く飲みやすいため、すぐに次を飲みたくなりそのために修業に励んだ。
藤野見は魔法使いではなく薬室担当だ。なのにここ十日ほど定孝の保護者のようにくっついて面倒を見ていた。ときおり城主も様子を見に来ており、定孝が二人のお気に入りだと噂が広まるのは時間の問題だった。その間兄弟は話どころかすれ違ってもいない。一度だけ遠くから兄が弟を見つけたが、先に藤野見が気付いたため声をかけられなかった。
兄として、歯痒さがつのる。自分の弟なのに一緒に食事どころか声もかけられない。一体いつから話をしていないのか。こんなことのために城に来たわけではない。こんなことになるなら茨姉妹の話を無視して逃げ出せばよかったとすら思ってしまった。
けれど嫌味のように任された任務はまだ終わらない。鈴蘭と淡桜との間に魔法でできた壁のようなものがあるが、これを破壊できるか否か。魔法でできたものが剣術で壊せるなら誰も苦労しない。そう言い返したかったが、相手は上官。おそらく城主か藤野見からの命令だろう。自分が城から離れている間に定孝が危険な目にあっているなら、早く帰りたい。焦っては何も得られないことは分かっているが、それでもどうしても焦ってしまっていた。そしてその時声が聞こえた。
「それすなわち風光の剣! 風斬」
「うわあぁ!!」
「ぎゃぁあ!!」
自分以外の者たちがかまいたちによって倒されていく。威力は強くなく、地に伏してはいるものの命に別条はなさそうだった。
「それすなわち光芒の剣! 白天」
白天は都合のいい幻を見せる技。何を見せられるか、倒せるのかと剣を握ったが、予想していなかったものが目に入る。
「……やっと見つけた。定孝の兄上。ずっと探してたの」
ありがとうございます。




