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幕間 星迷宮と祈 7

お待たせ致しました!

予定外に遅れてしまってすみません。

 マーラはおそらく、鈴蘭でそろそろ死ぬとは思っていただろうが、定孝の手によって死ぬとは思っていなかったに違いない。救いたかった兄弟。自分の娘と同じ年の頃合い。出身地である北のミネル大陸では、“神の代弁者”として神官をつとめていた。力になれると信じていた。けれどそれはすべて砕け散る。

 純粋な心は操りやすい。失いたくないものがあるとそれを守るために言われたまま行動するから。自分の名も愛娘の名も呼び替えて、母ではなく姉と呼ばせて、策は怠らなかった。だけどそれでも鈴蘭の悪には立ち向かえなかった。


『助けたい。救いたい』


 そう言われる度に定孝の心は荒んでいく。

 自分はそれができなかった。自分がやったことは、やってはいけないと教えられたことばかり。責められているような気がして、怒ることを通り越して無気力になっていく。そして無気力になればなるほど、黒い魔法は定孝に染み込んでいく。


 鈴蘭の城主も藤野見も、自分の願いを叶えるために他人を使うことになんの罪悪感も持っていない。むしろ当然とすら考えている。そこに使えそうなものがいたら使う。それによっていい方へ進めばさらに良い結果を得られるし、悪くなれば駒を捨てて代わりを使う。それだけのことだ。その駒の気持ちなど考えたりしない。



「な、七窪。……定孝、どの……どう、か兄上と、話、を……」



 虚ろな目で倒れるマーラを見つめる。操られているその心に何も響いてこない。このまま人が死んでゆくさまを見ているのかと思った。



「母様!!」



 茨妹が、レナが走ってきた。泣きながら胸を押さえて、「万象ばんしょう遵守じゅんしゅ……」と魔法を唱える。しかし唱えている途中で、マーラはレナの口元に指を置いた。



「だめ……唱えないで……」

「でも……!! だって!!」



 なにか、二人だけの秘密があるように、それ以上は言葉を続けなかった。レナはマーラの顔を見て、うんうんとうなずく。途中首を横に振ったり何かを言おうとしたが、それでも何も言わずに見つめている。視線だけで会話しているようだった。



「違う……母様に付いてきたのはわたしの意志だもん。わたしが自分で考えて来たの……。後悔は、半分くらいかな。鈴蘭このくにに関わらなければ、わたしたちはもっと長く生きたと思う。でも、母様と一緒に居られたことは、少しも後悔してないよ」



 レナが話すたびに、マーラは涙を流して頷く。マーラが喋らなくても、レナは全てわかっているように話す。レナの流す涙は、マーラの指で優しく拭われている。



「母様、大好き。エレナは、母様が大好きよ」

「……ええ。母も、エレナを、愛してる」

「エレナは、マヌエラ神官を尊敬してます」

「…………あり、がと……先に……逝き、ます……ね」



 ぱたりと、マーラの手が落ちる。

 虚ろに眺めていた定孝も話しかけられずにいたが、マーラが絶えてレナに話しかけようと息を吸った。しかし同時にぶわりと魔力が動いた。



「っ!!」



 魔力が動いただけだから、定孝は攻撃されたわけではない。しかし殺されるのではないか? という殺気に似たチカラが自分の目の前に広がっている。思わずぎゅっと目をつぶって顔を両腕でかばった。しかしそのチカラは定孝を攻撃することはなく、レナの中に収まった。



「これはわたしの大好きな母様の、尊敬するマヌエラ神官の魔力です。助けたかったあなたを攻撃することはありません。でも、それでもわたしはあなたを許さないです」



 レナの足元に倒れていたマーラはどこにもいなかった。定孝が目をつぶっている間に、レナによって身体が魔力の結晶となりそのまま消えるようにレナの中に吸い込まれていった。自分たちが死んだあと、鈴蘭に悪用されないために決めていたことだった。どちらかが先に死んだときは、片方の中に還ること。別の場所で死んでしまったら、それぞれ天に還ろうと。そうすれば、天で逢えるから、と。



「さようなら、定孝。憐れな生け贄」



 それだけ言って、レナは修業場をあとにした。自分を気遣ってくれた人は自分の手で殺してしまった。その人は目の前で寂しそうに笑った女の子の母親だ。謝ってもどうしょうもないことはわかるのに、なぜか謝らなければという気持ちが湧き上がる。



「ま、待って!」



 一所懸命に足を動かすが、レナの姿が見えない。あちらこちらに頭を振って探してもどこにもいない。それでも足を止められなくて走っていると、薬室にまた迷い込んでしまったのか、藤野見がいた。一瞬だけビクッと肩が震えたが、それでも声をかけた。



「藤野見様、あの……レナ……じゃなくて、茨姉妹の妹を見ませんでしたか?」

「妹? あぁ、あれなら体術の訓練場で見たと思いますが、どうかしたんですか?」

「えっと……あの……」

「言いなさい」



 お前に逃げ場なんかないとでも言うように退路を塞がれて、定孝は茨の姉を殺してしまったことを白状した。使えるはずのない魔法を使ってしまったことも。すべてを言い終わると、藤野見は突然拍手をしだした。



「いやいや、素晴らしいですね定孝くん。あなたの兄には出来損ないと聞いていましたが、いやぁやればできるんじゃないですか。申し分ないですね」

「え?」



 いまなにか、よく分からないことを言われなかったか?

 聞き直したいけれど、レナを追いかけたい。話を続けるか悩もうとしたが、決定権は藤野見が持っている。



「訓練場へ行きましょうか、うまくいけばお兄さんに会えるかもしれませんよ?」



 私もご一緒しますねと、藤野見は定孝の背を押して訓練場へ向かった。


 

読んでいただいてありがとうございます。

もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

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