幕間 星迷宮と祈 6
長くてすみません
言われた話がよく分からなかった。何度考えても言葉を理解できないかのように思考が止まる。発言も何もできなかった。
「え……?」
「現実を認めたくないでしょう発言をしたのは分かっています。ですが本当なのです。貴方のお兄さんは幹部でもないただの兵士でありながら、上の者に暴力暴言を吐き、周りに支給されている食事や薬などの報酬も奪い取っています。これについて、心当たりはありますか?」
心当たりも何も、報酬は仕事をしたから貰ってきたと、しっかり言っていた。残念ながら仕事内容は言葉を濁されていて未だに知らないが、城に出入りするだけは確かだと言っていた。何度聞いても教えてくれなかったので、定孝もそのうち聞かなくなっていた。
「でも、……でもっ!!」
「幹部であり、役職をもらっているものは皆、その証拠であるマントを付けています。私のような、これです。貴方のお兄さんは、マントをつけていませんよね?」
これでもまだ疑いますか? そう聞かれて、定孝はついに何も答えられなくなった。そういえば城主様も、本当のことを時間がかかってもいいから教えてやれと言っていた……あれはこのことだったのでは?
皿の上でゆれる黒い水を見ていると、藤野見の言葉が本当のことのような気がしてくる。どうしよう、どうすればいいのだろう……。どうすれば兄を助けてくれる?
「兄さんが悪いことをして本当にごめんなさい。僕にできることはなんでもしますから、どうか兄さんを助けてください!」
椅子から降りて頭を下げる。
いま兄に会いに行けば、きっとすぐに処分されてしまうだろう。兄は自分を助けるために色々尽くしてくれた。だから今度は自分が兄を守るんだと、自分にできることはとことんやりつくそうと心に決めた。どうか藤野見と城主様が、それで許してくれるといい。
「……本当に、どんなことでもやるのか?」
ゾクリとした。今まで聞いていた藤野見の話し方とは全く違う。今までの優しそうな人は嘘だった? 試されている? 兄さんはそこまでやっちゃいけないことをしてる?
もう何がなんだか分からず、定孝はとにかく頭を下げ続けた。
「兄を助けてくれるなら! 何でもしますから!」
「ではお前の名を教えてもらおうか」
「…………は」
「言え」
「はい。僕は定孝と言います」
「頭を上げろ。我の目を見てまっすぐ言え。もう一度」
言われるがままに頭を上げて、目の前に立つ男の目を見て、はっきり繰り返した。
「僕の名前は、定孝です」
「歳は?」
「八歳です」
「鈴蘭の城主である我と我が一族に忠誠を誓うと言え」
「はい。定孝は鈴蘭の城主である城主様と一族様に忠誠を誓います」
「契約は成立だ。その言葉忘れるな。定孝、お前の命尽きるまで、お前は鈴蘭の兵士だ」
城主がいつの間に居たのか、定孝にはわからない。けれどはっきり覚えている。自分の名を城主に教えたし、忠誠を誓った。どうしてそうしたかはわからない。なぜかそうしなくてはいけない気になったのだ。しかしこうなってしまったからには、もう兄には会えないと思った。
朝別れた兄の顔がぼんやり遠のいていく。代わりに先程の自分の声が聞こえてくる。
『定孝と言います』
『忠誠を誓います』
だめだと言われたことを何一つ守れていない。こんな自分では、あの部屋には帰れない。
「藤野見様、部屋に帰りたくないのですが、他に行ける場所はありませんか?」
「……ふぅむ。では魔法使いたちの修業場に行きましょうか」
地下にある薬室から藤野見と二人で、反対側にある魔法の修業場に向かう。定孝が兄に会いたくないと思っているのがバレバレで、幹部が使う道を案内してくれた。他の誰にも会わずに修業場に着いて、藤野見は早々に帰っていった。
「その先の案内はここの者に頼めばいい。私は帰りますね」
「ありがとうございます」
修業場は見た目は平屋のようなものだった。しかし各部屋は地下へ下がり、下は細長く広い場所となっていた。魔法をいくら撃ち出しても壁に吸収され、壊れる気配はない。下に降りたその場で茨姉妹に会った。定孝の顔を見て、妹が怖い顔をして駆け寄ってくる。
「どうしたの!? なんで……」
「え……ちょっといきなり何? 僕ここに行くように言われて……」
「どうして名前を教えたの!? どうして誓っているの!!?」
妹の叫びに姉も寄ってくる。他に人はいないようで、地下に妹の声が響く。誓いを立てたのは今さっきだ。当人たち三人以外は誰も知らないはず。なのに妹はあっさりそれを口にした。
「気をつけてって言ったじゃない! 名前を教えないでって、裏切らないでって、言ったのに……なんで……」
「落ち着いて、レナ。予想していないこととはいえ、こうなってしまえばもうあとは時間の問題だわ。定孝殿、兄上はこれを知っているのですか?」
茨姉が口にして、後ろめたいことしかない定孝は分かりやすく表情が曇る。それで悟った姉は、今すぐに呼んでこないとと踵を返す。定孝は当然それを止めた。
「待ってください……僕は兄に会いたくないんです。呼ばないでほしい。それより僕に魔法を教えてください!」
姉は呆気にとられるも、妹は流れてくる涙を拭き姉に向く。
「これは、本当……」
「暗示ではなく?」
「うん。おそらく薬を使われている。だから全部本当なのに、濁っている部分がある。初めてにはありえない強いのを嗅がされている」
「そうまでして兄上殿が欲しいのか……。うん。いいわ、定孝殿、魔法をお教えします」
「マーラ!?」
「だめよ。こうなってしまえば兄上殿も危ないわ。一人でも多くの人を救うために、私はここへきたの。あなたを巻き込むつもりはなかったけれど」
「わたしが付いてきたのは自分の意志よ! おか」
「それ以上は言わないで! 私にその資格はないの」
姉妹は何やら言い合っていたが、そのうち妹の姿は消え、姉が付きっきりで定孝に魔法を教える。魔法の種類。攻撃、援護の呪文の違い。禁術や独自のものについて。基本は一人一つ、訓練次第で二つの属性魔法を使うことができるが、三つ使うものはいないということ。
「……私以外に、存在しません」
「え?」
「私は元々素質があり、二種使えました。この国に来て、増幅の薬を飲まされて一つ増えました。代わりに老化が止まりました。私はもうすぐにでも死ぬでしょう」
「……」
「……最後に、貴方達兄弟を救いたい」
教えることに、救うことに必死で、姉は虚ろになっていく定孝に気づかない。呪文を覚えて唱え、定孝が炎属性に慣れた頃はもう夕食が出る頃だったらしい。休憩をしましょうと言った姉に、呪文を唱えて返した。
「森羅・破魔・孤高の道。有権者の砂の城。それすなわち炎華の剣【七窪】」
ボワッと定孝の右腕に炎の蛇が絡みつく。そしてその蛇はそのまま目の前に立つ茨姉妹の姉の胸元へ突っ込んでいった。
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