五章 三日月の絆 8
魔法の呪文を一部変更させていただきました。
読み返さなくても不都合ありませんが、この先も呪文が出た場合、新しく決めた方になっています。ご了承ください。
空は見えるものの、となりで戦っていた登流たちの姿はおろか、鈴蘭の城も見えない。高温で燃えさかる炎がある。
「……炎、環……」
「アチチ……康矢、これ消せる?」
惟月の願った言葉に、康矢は答えられなかった。けれど出来ないとはいえない。真顔でどこかを見つめる康矢に、再度声をかける。
「……康矢?」
二度声をかけられてから、ハッとして顔を向けた。
「……やってみます」
自信はないという声が聞こえた気がした。魔力の問題か、壁の外の心配かまでは読めない。先程までと同じようにして、数珠に触れながら魔法を唱えているが、炎の壁は揺らぐことすらしなかった。かまいたちの風斬も向かい風としている嵐衝も効果は見えない。
「ふん。風で炎が消せると思うなっ!」
康矢の風に期待していた惟月も、止まりがちだった攻撃を再開させる。術者が死ぬか気絶すれば魔法は消えるという初歩を思い出してからは、殺してしまわぬように致命傷を避け動いていたのを、戦闘不能に追い込む形に切り替えた。しかしそんな二人の行動を見て、定孝はまた笑う。
「燃えろ燃えろ!! お前たちも! 姫も! あいつも! もう手立てはないはずだ!!」
余裕を持って高笑いしようとしていた定孝は息を吸い込んだところで違和感に気づく。炎環によって空気は乾いていたはずなのに、笑っていたら空気が澄んでいる。それは先程までと逆の状況だった。目の前の相手が何を考えているのか、全く分からないのだ。不安でいっぱいだったはずの康矢は、いつの間にか別人のように変わっている。
なぜ今この状況で目の前の男が笑っているのか、定孝には理解できない。
(……こいつらは水を使えない。消す方法などない。水を使うあいつは、今ごろは毒まみれのはず……)
定孝の思考を打ち消すかのように、康矢はにっこり笑い、口を開いた。
「では、次の一手にしますね」
いってる意味がまるで分からない。一度止まってしまうと、定孝には追いつけない。
「これを消しましょう、雪」
「はい。お待たせしました」
「な!?」
薬室に閉じ込めてきたはずの雪がいた。炎の壁をくぐり抜けて中に入ってくる。手にしているのは長い槍。
「き……貴様っ!!」
取り乱し攻撃の手が止まった定孝を一瞥してから、雪は康矢ではない人を見る。
「貴方が惟月殿ですか?」
はい、とうなずいて右腕を上げた惟月に対し、雪は右手を心臓の上に置いて言葉を乗せた。
「貴方への伝言です。『惟月様のため、楓牙様のため。淡桜と水仙両国のため、この命を使うことお許しください。感謝しております』とのことです。今ここで、確かに伝えました」
「…………はい。受け取りました」
薬室へ向かい別れた部下からだろう。雪を助けるためか、自分の使命のためか、鈴蘭の地で散った。惟月の表情は浮かないが、先程よりも瞳に力が入っている。
「惟月はこのまま彼を押さえてください! 私と雪でなんとかします!」
「りょーかい!」
そういい残して前を向いた惟月は定孝にかかる。部下の仇は取りたいが、目の前のこの男が元凶なわけではない。惟月は定孝を後ろ二人に近付けさせない。定孝が間合いを詰めながら移動しても、先回るように動いて彼を離す。
ありがとうございます!




