五章 三日月の絆 4
だから、気づかれなかった。ニヤニヤと笑うままの城主も、声高々に悪口をいう定孝も。
これまで使用禁止といわれていたけれど、つい先ほど許可が下りている。ためらわずにと、いってくれた。だからもう、ためらわない。遠慮することないと、後押しされている気持ちだった。
女は道具だといわれたあたりから、玖は決めていた。もう、終わりにしようと。
「………万………守………」
玖が呟きだしてすぐ、部屋の空気が変わる。りんと張り詰めた空気に、定孝の語りも、城主の笑いも止まる。けれど玖が何をいっているのかは、まだ分からない。
「……決別………声無者の……」
だんだん大きくはっきりとしていく玖の声を聞いて、二人の顔がゆがんでいく。
「それすなわち 時彩の鏡!!【言霊】」
「!? 貴様、なんだその呪文……【永】に言霊など、聞いたこと……」
呪文を唱え終えた玖の瞳は固く閉じられている。けれど強い魔力が満ちていることは感じられる。
鈴蘭の城主は魔法のことを熟知しているのか、目を大きく開いて玖を見ている。
玖は瞳を閉じたまま、 “言う” 。
『みな、起きなさい!』
凛とした空気に似合う、鋭く強い言葉だった。
玖の声に導かれるまま、六人は目を覚ます。鈴蘭の二人が身構えると、その後ろから声が飛ぶ。
「仰せのままに」
「参ります」
「起きました!」
次々に起き、縄を解かれていくのを見た定孝が舌打ちしながら、玖を捕らえるべく動く。けれどより速く、真っ先に康矢によって放たれた惟月が、一人で立つ玖を抱き抱え自陣へ連れていく。出入口から遠くに玖たち七人が、近くに城主と定孝の立ち位置に変わる。
玖と緋名を庇うようにして、惟月と渓が立ち、縄から解放された順に礼を告げていく。
「起こしてくださって、ありがとうございます」
「ううん。みんな、大丈夫?」
玖のその問いに、捕まっていた六人が微妙な顔をして黙る。
「渓や楓牙はどう?」
惟月の真面目な問いかけに、二人は渋い顔を作る。
「え……何? どうしたの?」
ただひとり、捕まっていない玖には分からないのだ。
「すみません。なんか、すごく疲れてます。まるで一日登流さんに追いかけ回されたような…」
「おれも。体力の消耗が……。こんなに疲れてたのかってくらい」
二人の答えを聞いて、登流も同じようだと頷く。惟月と康矢も顔を見合わせ、首をたてに振るが、少し違う内容を話す。
「私たちは体力より、魔力の消費が激しいですね。そこまで使った記憶はないのですが」
「うん。……こういうのって大体、盗られてますよね」
とられる? と不思議な顔で聞き返すも、クククと笑い声が先に聞こえる。その方を向けば、目の前の二人組が笑っている。百歩譲っても怪しすぎる。
「そういう、こと!!」
霞桜の面々にならび、魔法に興味を持っていた緋名が思いつく。
教えてもらった七種類の中で、吸い取るということを真っ先に思い付くのは、木だ。木は養分を吸いとる。その要領で柱に括られていた六人分の体力と魔力を吸い取っていたのだろう。どうりで、禁術にも思えたことを六人分もやってのけている。
心配そうに見やる玖を、そうは思われまいと、男たちは笑った。
「大丈夫ですよ、玖姫」
「ヒナはおとなしく休んでいてくれ」
「任せてください!」
「……せめて、体力を回復……」
「七対二なんだ。ハンデはあってもいいでしょ」
泣きそうな玖を、一蹴する。各々気合いを入れ直してそれぞれ前を見る。玖の隣に立つ緋名は、きゅっと玖の手をにぎる。
「大丈夫。信じられる」
緋名はまっすぐに仲間を見つめている。玖も元気づけられたのか、緋名の手をにぎり返し、目の前の仲間にうなずいて見せた。
「……うん。信じてるよ」
ありがとうございます




