五章 三日月の絆 3
二人になっても変わらずに、階段を上る。玖の右手は登流の裾を握っている。途中、ふいに登流が、玖に左手を壁に付けて歩くように指示した。
「迷わないために、です。覚えておいてください。迷路などでも、役に立てるかと」
「わかった。ありがとう」
始めよりはゆっくりと歩を進め、階段と廊下の間が狭くなってきたところで、緋名と同じように、いきなり掴んでいた着物が消えた。二度目だが、どうにもよく分からない感触だ。
(……登流くん……)
確かに手の中に在ったはずなのに、するりと抜けた感触が無いまま、気付くと手の中には何も残っていない。夢の中で掴んでいて、そのまま目覚めたような、そんなものだった。
「大丈夫、大丈夫。みんな、上の間にいる。無事でいてくれる」
ついに登流の姿も消えてしまい、玖はひとりぼっちになる。暗闇を歩くけれど、一時のような不安はない。皆を助けるため、迎え撃つような覚悟で足を進める。
いま、ここには自分しかいないけれど、心は決して独りではない。強気に階段を上る。
(こっちで、いいんだよね……)
進むべき道への不安はあれど、仲間の危機に関していえば、ない。迷いそうになったら、言葉を出せばいいと、玖は知っている。本能で修正をかけるだろう。
そうして、見覚えのある場所に出る。
「……ここ……」
「よく、一人で来たな」
解放感のある広い部屋。たてにも横にも奥行きがある。部屋の四隅に小さな灯りがあり、部屋を薄暗く照らしている。一部の壁はなくなっていて、外が丸見えだが、その他の壁や床、天井にいたるまで黒い血が残っている。それらはのっぺらぼうが戦った結果なのだが、玖は気づけない。
その部屋のど真ん中に、鈴蘭の城主が立ち、傍らに黒マントの男、定孝が控えていた。
そして、何よりも。
「みんな!!」
城主たちの後ろ、暗い部屋の奥に、柱にくくられた六人がいた。皆、目を閉じているようで、玖に気づいていない。両手は後ろに回され柱に縛られていて、首にも縄がかけられていた。
一見しただけでは、生きているのか死んでいるのか分からないはずだが、玖は確信している。みんな、眠らされているだけだ。
ニタリと笑いながら玖を見て、鈴蘭の城主は口を開く。
「あぁ、この者たちは、不幸な人生だったなぁ」
「みんなの気持ちはみんなのものです! 勝手に決めないで!」
「そなたがあのとき、我の嫁になると了承していれば、こんなことにはならなかった……」
「私は、自分を犠牲にすることはしません!」
そんなことを勝手に決めたときには、それこそ色んなところから色んな雷が落ちてくるはずだ。玖は分かっている。もちろん先ほど緋名とした話も覚えている。
「だが、その強がりも意味はなくなる。この者たちは」
「生きてる! 私たちはみんなで帰るんだもの!!」
城主の言葉にかぶせて言い切ると、定孝はチッと舌打ちをした。
「あんたは戦う姫じゃない。主様には勝てない。どうする気だ?」
「そんなことない! 負けない!」
黙ってしまったらいけない気がして、玖は果敢にいい切る。けれど実際どうすればいいのか、考えはまとまっていなかった。
玖は、武術などからきしだ。たとえいまこの場に剣があったとしても、振れないだろう。見よう見まねで振ろうとしても、基礎のない玖が剣に振り回されるのがオチだ。
そう考えていると、定孝がさらに言葉の刃を振るってきた。
「役立たず。まだ水仙の姫の方がやる気あったんじゃないのか? ダメだな。こいつらは皆死ぬ。お前が殺した。平和気取りの夢見がちの女は使い物にならない。むしろ邪魔だ。姫ごときが偉そうに。女など、道具に成り下がり、おとなしく主様のいうことを聞いていればよかったんだ。
上の者が無能だから、下にいる奴も無能なんだな。淡桜も水仙も、この二つの国はもう終わりだ。あの二匹のネズミも、意味がなかったな。ふざけたやつらだったが、頭もおめでたかったとは、つくづく、救いようがない……」
定孝が長々と語っている間、玖は床を見ていた。




