五章 三日月の絆 2
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なんとなく距離が短くなったような廊下を進んでいたとき、空気がガラリと変わった。会話をしていたのに気づくのが一歩遅れる。話の途中で止まった惟月に声をかけたすぐ後、玖は悲鳴を上げ、登流は息を飲んだ。
「緋名……緋名がっ!!」
「玖姫落ち着いてください!!」
康矢の左腕に玖の震えた重みがかかる。気配が足りないし、呼んでも声はない。
「惟月も居ないのか……」
登流は緋名が掴んでいた裾を気にしつつ、真っ暗闇を見据える。しかし不自然なほどの暗闇は何も応えない。
「二人、同時とは……」
「緋名? 惟月? どこ……お願い、声を……ひなぁっ!?」
「しっかりしてください!! 玖姫。呼吸が……」
「だって……。えぅ……康、矢っ」
過呼吸気味の玖の背をさすって休ませる。ゆっくり深呼吸をさせて、どうにか落ち着いてもらう。怯えきった玖と、頭の回転が止まりそうな康矢。
「……緋名……」
握っていた跡だけが残る裾に触れ、ぽそっと名を呼ぶ。見た目はおかめだが相当参っているようにとれる。始め、渓が消えたときこそ惟月と楓牙を怪しんだが、姫がこれほどにパニックになっているのだ。あの二人はそんなことをしないだろう。無実か。
残っているのは玖と康矢と登流。意味が分からないまま、離れるように消えてしまう。
「玖姫」
「は、はい」
「次に私が消えても、ちゃんと進んでくださいね」
「康矢!?」
即座に否定するも、登流は肯定した。
「うん。俺か康矢のどちらかだろう」
「やめて! そんなこといわないで!」
再びパニックになってしまうが、三人残って終わることはないと、頭の片隅に強くある。
「いやっ! 康矢まで、私たちを置いていかないでぇっ……」
玖は先ほどより取り乱してしまう。子供のように泣き叫ぶ主を、康矢は慈しむように見つめる。辺りが暗いせいで、玖にその表情は見えないが。
すすっと、衣擦れの音が聞こえる。それと同時に、玖の右手を、優しく誰かに取られた。
「今このときより、あの魔法を解禁いたします」
「え…………?」
手を取ったのは康矢だ。そして、その場にひざまずいたのも。
「これからも変わらずにそばに居たいですが、どうなるかがまったく読めないので」
「だめ……勝手にいなくなるなんてだめ……命令…」
「それは、応えられません」
康矢の声は固い。
「な、なんでっ…」
逆に玖の声は震えていて、不安定だ。
「今、玖姫の力は弱まっています。だから、私にも否定出来てしまう」
「う………」
反論できなくて、黙るしかない。康矢は玖の手を優しく握ったまま、伝える。忘れてはいけないことを。
「信じてください。心から、信じて」
主従二人が黙ってから、隣の国のおかめが、静かに、口を開いた。
「魔法って、人ひとり消すとかできんの?」
「「!!」」
ずっと、不思議に思っていたことだろう。驚かせようと画策する惟月ならば、まだ納得できる。だが、はじめに消えたのは渓なのだ。それも話している途中で。
自分から消えようとしなければ、あんなに器用なことができるわけがない。登流は、緋名と渓が不器用だと知っている。
けれど、淡桜の面々と知り合って、魔法を使う人間を間近で見た。鈴蘭の悪者を見て、他者に危害を加えられる魔法があることを知った。ならば。
「意識なく、向こうの都合の良いように使えるような魔法って、あんの?」
「………なくはない、かと」
「でも康矢、そんなのは……」
「世界は広いものです。我々が知らないものもあるでしょうし、四大陸独自の禁術もあると聞きます」
「禁術??」
知らない単語が出てきて、つい登流が聞き返してしまうが、康矢は落ち着いて返す。
「禁術とは、使うと術者が死ぬと云われている、とても高位な魔法です。我々の魔力では唱える途中で意識を失うでしょう。そのくらい強力なものと考えてください」
「それを定孝か誰かが使っている可能性は、あるのか?」
「申し訳ありませんが、それは分かりません。ですが、出来たとしても相当消耗しているはずです」
「禁術じゃなくても、一度に四人に対して魔法を使ったら、私だって父さまだって苦しくなると思うの」
玖も康矢も、調子が戻ってきていた。得てして登流の一言が、二人をいつもの調子に戻した。当の登流本人は、淡桜の城主が魔法使いだということを、いまさら思い出す。ツッコミたいが、話が逸れると思い黙っている。
「なるほど………そうですね。ご遺体も見せてきませんし、おそらく」
「上に、さっきの間にいるはずだ」
「このまま、そこを目指しましょう」
暗闇の中で、康矢と登流がうなずきあって、玖は両者の裾をつかむ。そして強い口調でいった。
「うん。絶対、みんなで一緒に帰る!」
「はい。その調子で」
元気づけた次の瞬間、その気配は消える。なんの前触れもなく。話しているさなかに消えた。
「……っ!? こ、康……矢ぁ?」
「しっかりしてください! 俺に啖呵切ってきた玖姫はどこへいったんですか!!」
舌の根も乾かぬうちに弱音を吐きそうになり、とっさに口を閉じる。
(そうだ………さっき、言ったばかりだ)
シュッと着物の音をたてて、裾を払う。そしてどこか宙を見て、自らにも言い聞かせるように強く言う。
「行こう、登流くん。みんなを取り戻しに!」
「はい。お供します」
感謝です!




