四章 散歩道と雨 11
それによって姫二人が、やはり難しいよねと唸ると、康矢が笑って、パンパンと手を叩いた。
「さ、他にも疑問や反対意見があればいってくださいね。今ここで想いは一つにしておきましょう!」
あまりにも場にそぐわない笑みだったためか、一瞬場は静まった。だが、一瞬だ。
「いや別に、反対は……難しいぞ?」
「……連鎖を断つのは、今か」
はっきり反対といわれたのは心外だった。けれど、いわせてしまったのはこちらかと、二人は口をつぐんだ。
「あの二人のような子たちには、幸せを知ってもらいたいの」
「きっと、他にもいるんでしょうしね」
二人の姫がいうと、気がしまる。
ここでも、一致団結していたい。
そうみんなが思い、空気が軽くなった、気がした。
「ごめんなさい」
突然、玖が謝罪をした。
誰に、とはいっていない。立ち上がって、胸に両手を重ねて、六人に向かって呟いた。
「玖姫?」
康矢が声をかけ、騎士も従者も頭の上にハテナを飛ばしている。
ただ、やはり緋名は表情を固くして、さっと立ち上がって玖の横に立つ。玖は緋名の行動に気づいているのかは分からない。うつむいたままだ。
「つらいのは、私じゃなくてみんななのに。戦うのは、みんななのに。私、なにもできない。でも、諦めたくないの。だから、お願いします。協力してください!」
一気にそういうと、玖は頭を下げた。
「……うん、そう。わたしもなにもできない。弱い存在でしかない。けど、ここで諦めて、家に帰るのは嫌なの。平和な大陸にしたい」
緋名も、玖と同様の言葉を伝え、真剣に五人を見つめる。一人ひとりの瞳と合わせるように。
始めに口を開いたのは、康矢だった。立ち上がる気配がする。
「顔をあげてください、姫様」
「二人とも、あまり似合わないですよ」
次いで登流がおかめの面でいい、渓が苦笑しながらいう。
「姫様たちは、命令していいんじゃないですか?」
「うん。強気でいてください」
楓牙も頷きながらいい、惟月はいつものようにニコニコしながらいう。
「なにも出来ないなんてこと、ないですよ。いてくれないと、困ります……我らも早く帰りたいです」
言葉のすべてが姫へ向けた言葉なのだろうが、最後の最後にいった一言が、一番の本音だろう。玖が緋名が、はっとして顔を見合わせる。
「ありがとう、みんな。惟月も楓牙も、これで全部終わりだよ!」
「嬉しい言葉、有難う」
今度は玖が前を向いたまま微笑み、緋名が深く頭を下げた。
しばらくたっても、緋名が頭をあげる気配はなかった。玖が覗き込もうとして屈むと、頭の上から怖い声が降ってきた。
「ヒナ、帰ったら特訓だぞ」
「え………………、え!?」
驚いたのか、それとも恐怖からか。緋名はガバッと顔を上げた。目線の先にあったのは、いつも通りのおかめで、逆にこちらが面食らった顔をしてしまった。
「マヌケな顔……」
登流の声は優しく、若干笑っている。面を外したら、本当に微笑んでいるようだ。緋名にとっては複雑だが、せっかく特訓してくれるというのだ。乗らない手はない。上げた顔を一度たてに振ると、登流のとなりからにこやかに笑った男が二人、顔を出してきた。
「特訓ですか。それ、ぜひ渓も一緒に頼む」
「……え? 僕も?」
康矢がいうと、惟月もノリノリで相づちを打ってきた。
「容赦なくやりましょうよ! 」
「………分かった」
そして話しかけられた登流も、容赦なく首をたてに振った。
緋名と渓、当人二人を放置して二人は話を進める。いや、進めようとした。
「でも緋名姫は魔法を覚えるんだろう?」
「……そうだったな」
楓牙に先ほどの話を持ち出されて、登流と惟月はわざとらしくうなずいた。
「では、渓くんは忍者屋敷で任せて、緋名姫は魔法の特訓を淡桜でやりましょうか!」
惟月が手を叩きながらいうと、渓は撃沈し、緋名は身震いをした。
そんな緋名を庇うように、玖が乗り出してくる。
「そうだね! 惟月にいじめられないように見張っているよ!」
「……玖姫?」
「康矢が! 見張りは康矢が!」
珍しく惟月が氷の視線を送ると、玖は小さく縮こまり、康矢の背に全力で隠れた。背中に温かみを感じながら、康矢は小さく息を吐いた。
「検査だけなら、俺もやってみたい」
「あ、おれも。惟月は移る前にやったんだっけ? なんでおれはやらなかったんだっけ?」
立て続けにいうと、惟月は腰に手を当てて斜め上を見た。
「なんででしたっけ? でもまぁ、動機が不純ですよね」
「別にいいじゃん」
登流が簡単に反論したが、そのとなりで緋名が不安そうに二人の顔を見ている。
「向き不向きを調べれば、今後の対策を考えられるから、調べるのはいいと思うけど……?」
康矢の背中からひょっこり顔を出した玖も、不安そうに、だけど小さな声でしっかりと反論する。
「……ダメなんて一言もいってないんですけどねー」
反省しているのかいないのかはともかく、少し小声だ。惟月の正面、玖と登流の間にいた緋名が、下を向く。
「……というか、結果はまだ出てないけど……実は魔法使いにはなれなかったり、して……わたし……」
どんどん声が小さくなってしまい、さすがの惟月も若干オロオロし出す。そして忍たちはここぞとばかりにツッコミを入れる。
「いつもの調子で変なこというから」
「一言余計なんだよ……。ったく。ウチの姫をなんだと思っていやがる」
まぁまぁと、康矢がなだめたりするのが常だったが、黙って何かを考えている。




