四章 散歩道と雨 6
──ボワッッ!!
「ひゃっ!」
「くっ」
とっさに楓牙が玖を抱えて離れたため、着物には燃えうつらなかった。しかし、少年を閉じ込めた種は勢いよく燃え続けている。それでもなお、どこからか小さい蛇のような炎が飛んできて、それを燃やし尽くそうとしてくる。
「……これ、赤魂? どこから……なんで…?」
離れたところで、玖は現実を一つ一つ確認する。後ろからばたばたと足音がした。
「玖姫! あの、ありがとう、ございます。姫を助けていただいて」
「康矢! 雪は、雪はどこ! あれを消したいの! はやく! 全部燃えてしまうっ! お願いあの子を助けてっ!!」
声に振り向いた玖は、康矢にすがりついて頼む。しかし今回ばかりは康矢にはなにも出来ない。それどころか敵か味方かよく分からない楓牙に姫を守らせてしまったことを悔やんでいる。
「えっと、落ち着いてください、玖姫。ここに雪はいません。私たちに、あの炎を消すすべはありません」
呆然と炎を見つめる玖のところに、緋名や渓も合流した。しかし誰にも、その炎は消せなかった。
単純な話、水がないからだ。
そうして少しずつ炎が弱まってきて、布や砂をかけて炎を消した。けれどそのときにはもう、種の名残は見つからない。完全に燃えてしまったようだった。
「あの子に、なんにもしてあげられなかった……。名前も………」
「!!?」
辺りを包む殺気に、姫以外が反応する。玖はともかく、緋名が対応できなかったのは、予想外の対戦でくたびれていたからだろうか。
「緋名!!」
城の屋根から赤い、蛇のような炎が、緋名めがけて飛んでくる。呼び声に反応し、顔を上げたものの、炎など退けたことはない。どうすればいいか分からない緋名の目の前に、登流の背中が現れ、さらに一瞬で真っ暗になった。
「ばか! しゃがめ!」
「登流!?」
上着を頭に被され、強制に屈まされ、強く押さえ込められた。当然、登流にだ。そんな三人の二メートルほど斜め上の位置で、蛇が爆発した。蛇に雷が落ちたのだ。
皆にとって、直接見るのは二度目だが、きちんと確認したわけではない。同じように目の前で見たわけではない康矢たち側近も、雷になすすべはない。それでもなんとなく最初より弱い気のする音が響き、消えた。
一瞬のうち明るくなり、またもとの闇に戻る。夏の夜に咲く花火のような光は、惜しむことなく消えていく。
「……びびった。ありがとな、惟月。緋名姫、大丈夫か?」
「……どうも。ヒナ、持ってた小刀渡せ」
「あ、ありがとう二人とも。惟月くんも。え? 小刀? これ……」
雷を呼んで炎の蛇と相殺してくれた礼をそれぞれいうが、登流は礼もそこそこにして、緋名から武器を回収する。そしてそのまま頬をたたいた。
───ぱしん
「え……」
誰もが行動を止めて、二人を見る。叩かれた緋名でさえ、とっさすぎて反応できない。
「……っ……」
「お前もう武器持つのやめろ。あんなみえみえの気配に反応できてないし、片腕の兵士に遅れを取るようならおとなし」
「なぁにふざけたこと言ってるのっ!!!」
───バシッ!!
般若の面が、言葉の途中で宙に舞った。そしてカラン……と音をたてて地に落ちる。
今度は登流も対応できなかったようだ。攻守が一瞬で入れ替わる。もっとも、相手は違うが。
「…え……玖…?」
先ほどまでいわれる位置にいた緋名が先に反応して声を出す。蚊屋の外にいる四人は声が出ないように細心の注意を払っている。が、登流にはまだ把握できていない。玖はそれを待たずに、両手を腰に当てて、しっかりと登流の目を見ていい放つ。
「自分にできることを、考えてやった者に対して! 文句が先にくるっていうのはどういうことなの!? いくらなんでも、それは緋名に対してひどくない!? こ、こっちだって不安だったのに……。それを考えた上でいってるの!? それでこれからも信頼関係築けるの!?」
「……申し訳ありま」
「誰に悪いっていってるの!! 謝る相手がちがう! 大体あなたは、誰に対して怒ってるの!!」
玖の言葉に、目を見開いて驚く。玖の言葉が途切れたとき、康矢は玖の肩に手を置く。
「玖姫、その辺で」
一度に大量の言葉を放つ玖に気圧されたのか、登流は見たこともないくらいしゅんとしている。康矢に止められても、まだしつこく登流を睨んでいる。
どうやら緋名への謝罪を見るまでは、鬼のような顔を続けるようだ。




