序章 冬の行進曲 5
「こっちは大丈夫だよ、父さま。それより父さまの方こそ気をつけてね!」
緋名が淡桜に滞在する間、玖の父は水仙に行き、今後の対策を話すという。滞在期間はおよそ十日間。その間、父には淡桜の騎士隊隊長が護衛をつとめる。
「さ、玖。自室に戻りなさい。わしもそなたも支度を整えねばなるまい」
「はい。部屋に戻ります、父さま」
玖は父に一礼して、下がろうとする。その後ろで、康矢と雪が城主の前で膝をつく。
「我らをお呼びしたのは?」
緊張しているように、早口で康矢がいうと、雪もそのまま頭を下げた。
「いや、特に何があるというわけではない。わしのいない間、このおてんばをよろしく頼む。まあ、いつものことながら、そんなに心配はしておらんが」
「承知しております」
康矢と雪は、しっかりと意味を込めて、深く頭を下げた。城主も満足げにうなずいていたのを、玖は真顔で見つめていた。
その後、階段をきちんと隠してから、部屋に戻り、三人で予定を確認する。
「今からおよそ二時間後の正午、城主様は水仙へ向かわれる。同時にそのころ緋名姫がこちらに到着する予定です」
「康矢殿、本日私への用事は無いのですか?」
「……無いですね。登流殿と久しぶりにお会いしますね」
「うん? そんなに久しぶり?」
「……康矢殿の陰謀ですけどね」
玖は無邪気に聞き返すが、雪は少しだけ康矢を睨み、小声でいう。しかし康矢はものともせずにいい返す。
「登流殿が凄腕忍者だと聞いて若干ビビっていたじゃないですか。むしろ気を利かせたつもりだったのですが?」
「えー? 登流くんおもしろいよ? 怒ると般若みたいだけど」
小声にしなかった康矢の声を、玖はすかさず拾う。
「こらこら玖姫、彼は般若“みたい”じゃなくて、般若じゃないですか」
「こええじゃないか……」
「雪、素が出てます。出してはいけませんよ」
雪は少し震えながら座り直して、玖に問う。
「今回は何をして過ごされるのですか?」
「それなんだよね。前回こっちに来てもらったときは、皆で城下を回ったんだけど、今回は康矢も登流くんも了承してくれなくて。
この間、私が水仙に行ったときは、馬にのせてもらったんだ。すごく楽しかったけど、うちに呼んだのに同じことはしたくなくて」
どうやら歓迎をどうするのか、決まっていないようだ。当日の当日にこの有り様なのは如何なものかと思ったが、玖の短所であり長所でもあるので、康矢は黙っている。
「では、いっそのこと緋名姫に何をやりたいか、聞いてから考えてみてはいかがですか? 始めはお互いの近況を話すというのも、きっと楽しいですよ?」
「お茶しておしゃべり! そうだね、こっちに着いたばかりで遊ぶっていうのも、疲れちゃうよね。十日もあるんだし。康矢、お茶淹れてね」
「勿論です。御客人をもてなすのは、私の楽しみでありますから」
「では決まりですね、私も準備お手伝いします」
康矢がお茶を淹れ、雪が茶菓子を選ぶ。きっと楽しく、美味しい会になるだろう。
「父さまを見送って、緋名をお迎えしよう!」
聞くやいなや、康矢は席を立ちその場を離れる。調理場に予定を伝えにでもいくのか、ススッとふすまを閉めて、そのまま足音は離れていった。
「玖姫、そのお着物は、緋名姫からの贈り物ですか?」
「これ? 羽織はそうだけど、着物は仕立て屋さんからの。新しく出来たんで、どうぞって!」
「色合いが綺麗ですね。玖姫は紫色が似合いますね」
「本当? 私紫色好きだから嬉しいな!」
準備までまだ時間があるからと、二人はトークに花を咲かせる。ただ話しているだけだと、女子会ゼロ次会のようだった。