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四章 散歩道と雨 5


「!!」

「幸せなのに、死にたいの? 殺されることを望むの?」



 ネコ少年は呆れたように肩を落とす。



「お姫さん、そうとう平和な生活なんだね。敗者が無様に生きるなんてあり得ないよ」

「生きることが無様だなんて、思わないけど?」

「それは勝負をしない者の生き方だよ。生きるか死ぬかの勝負に、情けなんていらないだろ」

「私には、あなたはムリヤリに勝負をして、殺されることを望んでいるようにしか見えないわ。勝負に負けたなら、剣を置けばいいじゃない」



 二人の会話に、楓牙も惟月も口を挟まない。ただ、玖のそばにいて、聞いているだけ。しかし玖の質問に答えるネコ少年の返事を聞くにつれ、剣を持つ右手の力が抜けていくのを自覚した。



「私にはあなたが何にこだわるのは分からない。だから、教えてほしい。生きていたく、ないの?」

「…………」



 玖の言葉に反論していた少年も、だんだん言葉が少なくなっていた。玖が一歩前に出て頼むと、玖を見つめながら、小さな声を絞り出して片足を下げた。



「……やめろ」

「っ!! 玖姫、これ以上は……!」

「だめよ楓牙。手出し無用」



 そして玖は楓牙の剣を下ろさせる。手は剣を握ったままだが、刃先は地についた。

 主人に手出し無用と言われてしまったけれど、この場で下がることはできない。一対多数とはいえ、戦いの最中だ。命令に背いてでも、主人の命は守らなければならない。片足を下げたことにより踏み込んでくるかと思った楓牙は、剣を持ち直し構えた。しかし。


 玖は楓牙の前に立ち少年をまっすぐ見つめる。今までの、こちらをどこか見下したような、楽しそうに戦う少年は消えそうになっていた。

 外見のとおりにおとなしくなっている少年は、首を横に振りながらなにか呟いている。



「ダメだ……ボクはやっぱり、あいつとは違うんだ。ボク……ボクはっ!」

「しっかり! しっかりして! ねぇ!!」



 少年は地に伏していた。足の力が抜けたように、玖に土下座でもするかのように地に膝を付け、頭を抱えている。



「大丈夫よ、人は強いときも弱いときもあるから、私は責めたりしない。吐き出してしまいたいことがあれば、全部受け止めるよ?」



 うずくまった少年の背中を、玖は静かに撫で続ける。優しい声をかけられてか、少年はポツリポツリと呟く。



「……ボクは、殺した分だけ偉くなっていったよ。数えたことないけど、そのくらいの人数、殺してきた。そうしないと、生きていけなかったから……。必要ない、弱い兵士を殺したら、殿様に反抗するやつらを殺したら、褒めてもらえたし、ご飯も、食べさせてくれた……」

「……うん」

「ご飯や家を確保するために、人を殺した。でもそうじゃないと、ボクらは生きていけなかったから」

「…………うん」

「ボク、あいつが嫌いだ」

「あいつって、雪のこと?」



少年はばっと顔をあげる。その顔は今にも崩れてしまいそうな顔だった。涙はたまっていない。辛くて悔しくてたまらないという顔をしている。



「逃げたんだ! あいつ! ……家もあったくせにっ! なのに、今笑ってて、ここにいたときより、幸せそうで、……なんであいつは笑ってるんだ……逃げたくせに……」



幼子がしゃくりあげるように、少年はいっきに言葉を連ね、吐き出す。それは雪に対する、羨望の言葉だった。



「逃げるのは負けじゃないよ? 不幸でもない。逃げた先で幸せを見つけられたら、それでいいじゃない?」



突如平和の中にある優しさに触れて、少年は足に力が入らないのか、地面に膝をつく。片腕がなく、バランスがとりつらいようで、ぐらつく。その身体を、玖が支える。

実年齢ではなく、外見年齢のまま、弱々しく、呟く。



「でも、ボクは逃げちゃいけなかった。ボクが逃げたら、……あいつが、弟が、ボクみたいに、毒を飲むことになっちゃうから……。弟を、助けたくて……たすけたかったんだ……。もう、一緒に笑うなんて、叶わないけど……」

「今からでも遅くないよ? 助けてあげようよ? 弟くんと一緒に笑い合える、幸せな道を探そうよ?」



弱音をはく少年に、玖は手を差し伸べる。それが自分の役目であるかのように。

少年は甘えるのではなく、今見つけたように、一緒にしゃがんでくれた玖の顔を見る。



「そっか……。そんな道もあるんだね。……ボクは、変なことにこだわって、ボクだけじゃなく、あいつにも、不幸を渡していたんだ……ごめん──」



玖の言葉が届いたのか、小さく謝罪をする。誰へあてたのかは、名前は聞き取れない。

玖は少年の両肩をしっかりとつかんで、聞きたかったことを聞く。



「ねぇ、あなたの名前は?」

「……な、まえ?」



なぜ今そんなことを? とでもいうように、少年は不思議な顔をするが、玖はかまわない。



「あなたの名前、覚えたいし、呼びたいわ。私、玖。あなたは?」



少年は少しだけ口を開いたが、先に首を横に振った。



「ううん。ボクより、弟の──定孝やすなりのことを、呼んであげてほしい」

「分かった。あなたは? 二人とも、教えて?」



一人分の名前では、玖は満足しない。今ここで呼びたいと、心から思っている。しかしそういうと、少年ははにかんで笑って見せてくれた。その瞳はもう曇ってはおらず、きらきらとしているように見える。



「ボク、玖より結構年上なんだけどな……。ボクは──」



そこまでいって、声は止まる。玖が掴んでいた肩は、ポンッと音をたてて、消えてしまった。

目の前に転がる、こぶし大の茶色い玉。



「え……?」

「近づかず! なんだ? これは……」



話を聞いていた楓牙は判別がつかない。目の前にいた少年が、突然小さななにかに変わった。しかし玖はすぐに気づく。



「……たぶん、これ、鬼樹ききっていう、種に閉じ込める魔法なんだと思うの。でも……」



鬼樹という魔法の説明をしようとしたとき、突然、それは炎に包まれた。


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