四章 散歩道と雨 3
しかし、その声はちがう者に届いていた。
「森羅・破魔・孤高の道、有権者の砂の城、それすなわち雷鳴の剣 “千雷” 」
バリバリバリッッ!!
「……悪いがもう限界だ。ウチの大事なお姫さまにこれ以上手を出すな」
急に目の前が白い世界になった。緋名にはそう感じられたが、実際はどこからか落ちてきた雷の魔法だ。誰かが放ったそれは、緋名の目の前にいたネコ少年を、障子もろとも庭にふっ飛ばした。
緋名が視線をうつすと、玖の元には惟月と楓牙の姿が見える。二人とも腰元に武器を所持していて、戦うと言っているのが分かる。情報収集は終わりなのだろう。
もう、十分だ。予定ではここではなかったはずなのに、自分が不甲斐ないばかりに、駆けつけてくれたのだろう。思わず涙を浮かべてしまったが、近づいてくるのが楓牙でなく惟月なので、頑張って引っ込めた。こんなところのこんな状況で涙を流したら、後が怖い。惟月も怖いけど般若も怖い。
「手当てしますよ、緋名姫」
「えっ……あ、はい……」
惟月は緋名の腕に、固く布を縛り付け止血する。そのあとに腕に刺さっている刀を慎重に抜く。緋名が手当てをしてもらっている間に、楓牙は庭に降りて、ふっ飛んでいったネコ少年の首に剣を向けた。
「登流は止めを刺さなかったが、おれがここで取らせてもらう。姫たちを見逃すならばと思ったんだが、悪いがもう耐えられない」
少年は起き上がっていたが、ネコの仮面を付けていなかった。吹っ飛んだ拍子に外れたのか、惟月と楓牙の姿を見て外したのかは分からない。身体が痺れているようで立ち上がってはいない。けれど瞳を大きく見開いて、口をパクパクと開閉していた。
「ネコさん、めっちゃマヌケ面ですよ」
緋名の手当てをしながら、惟月が口を開く。相変わらず挑発しているのは、素なのかわざとなのか分からない。
「キ、キミたちっ!! なんで!?」
「なんでじゃなくて、心読んじゃえばいいじゃないですか? 味方にその力使わないから、今こうなっているんですよ?」
「……だっ! 騙したなっ!!」
少年の目の前にいるのは楓牙なのに、少年は後ろの惟月を見て話している。チラリと楓牙に目をやれば、心底可哀想に、というような目をしていた。
「そ、そんな目でボクを見るなっ!」
「惟月と話してると疲れるよ?」
「…………」
「おれたちは鈴蘭に来た十数年前から、淡桜と水仙の者だ。あんたたちは変なところで味方を疑わないから、こちらも楽させてもらったよ」
「俺たち一度もウソ吐いてないですけどね。全部本当のこと言ってきましたけど、あなた方の取り方次第なんですよ?」
しゃがみこむ緋名のとなりに玖と惟月が。三人をかばうようにして少年の前に楓牙が立っている。そして雷に導かれて、別々の方向から見知った顔が走ってきた。
「なんだ今の雷はっ!」
「姫様!! ご無事ですか!?」
満身創痍の登流に、康矢と渓。こちらは状況を把握しきれてなく、惟月に武器を向ける。
「てめぇ緋名に触るなっ!」
「姫から離れろっ!!」
「えぇー、こっちにも今の話するの? ……メンドクセー」
なんだか三つ巴のような場面になってしまい、惟月から心底がっかりというような声が漏れ、あわてて玖と緋名が口を挟む。
「待って落ち着いて、この二人は味方なの!」
「登流も待って。大丈夫だから!」
いまこの場にいて、一番頭が混乱しているのは、ネコ少年か。それとも康矢たち三人か。
「「はぁ!?!?」」
「……いや意味分かんないから」
ネコ少年の前に立っていた楓牙は、完全に後ろを、登流たちの方を向いていた。緋名の手当てをしていた惟月も、手を放して天を仰いでいる。あとから来た登流、康矢、渓も、誰に剣を向けていいのか迷っているところがある。そんな五人に、二人の姫は説明をしている。
──この場に、敵がいないと思っているのか。




